アドラー心理学|人材育成と人間関係でビジネスに役立つ5つの理論

published公開日:2024.04.22
アドラー心理学|人材育成と人間関係でビジネスに役立つ5つの理論
目次

アドラー心理学は、「人は目的に向かって努力し、変わることができる」という原則に基づく理論です。近年では解説書がヒットし、個人の成長や対人関係など、ビジネスでも役立つ考え方として注目されています。

本コラムでは、アドラー心理学の5つの原理やメリットなどを解説します。

アドラー心理学とは

アドラー心理学とは、オーストリアの精神科医・心理学者であるアルフレッド・アドラー(Alfred Adler)によって提唱された心理学の一種です。

アドラー心理学の正式名称は「個人心理学」で、個人を「それ以上分割できない1つの存在である」と捉えています。これは、人間の要素はそれぞれ切り離して考えることはできず、心や体、行動など、全体で1つとして理解する必要があることを意味しています。

同年代に活躍した心理学者のフロイトやユングと並び、アドラーは「心理学の三大巨頭」の1人といわれています。アドラーは「人は目的を定めて行動するもの」「結果として、自分自身は変えられる」という考え方を基本としており、無意識の心理的衝動を重視したフロイトや、集合的無意識について探究したユングとは異なるアプローチを行いました。

日本では、2013年に発行された「嫌われる勇気」がベストセラー となりました。この書籍は、アドラー心理学をわかりやすく解説したもので、ビジネスにおける人材育成や子育てなどに活用できる心理学として、広く認知されるきっかけになりました。

アドラー心理学の5つの原理

アドラー心理学は、以下の5つの基本理論から構成されています。

  • 目的論(Teleology)
  • 全体論(Holism)
  • 個人の主体性(Creativity)
  • 社会統合論(Social Embeddedness)
  • 仮想論(Fictionalism)

順に見ていきましょう。

目的論(Teleology)

目的論(Teleology)は、アドラー心理学の基本的な考え方の1つです。アドラー心理学では「なぜそうなったか」と過去に原因を探るのではなく、「何のためにそうなるか」という未来の目的に焦点を当てます。

人は無意識のうちに「将来の夢」や「なりたい自分」など、何らかの目的を持っており、その目的に向かって行動します。

自分がいま置かれている状況は、目的達成のために自分で選択したものと考えます。人を理解するためには、過去の経験そのものよりも、今、その人が何を目的として、どのように行動しているかに着目することが重要です。

全体論(Holism)

全体論(Holism)は、アドラーが唱える個人心理学の根幹となる考え方の1つです。

アドラー心理学では、「人は分割できない存在」と捉えます。個人の心や体は「1つの全体」として機能し、心、体、理性、感情、意識、無意識など、あらゆる要素が協力して目的達成に向かいます。

心と体、理性と感情、意識と無意識など、一見矛盾しているように見えても、それらは別々に切り離されたものではなく、相互に作用する統一体と考えます。つまり、人間を部分に分けて理解するのではなく、全体として捉えることが重要です。

個人の主体性(Creativity)

アドラー心理学では、人は自己決定することで、自分の人生を主体的に創造すると考えます。キャンバスに絵を描くように、人は自らの選択と決定によって、自分の人生を自由に創り出せるのです。

つまり、人生は外的要因に左右されるのではなく、主体的な意思決定による行動で形成されます。例えば、「向上心が私に勉強をさせた」のではなく、「私が向上心を使って勉強をした」と捉え、個人が自らの一部を動かしていると考えます。

アドラー心理学では主体性が重視され、自分の振る舞いの責任を他のものに転嫁しません。この考えを受け入れることで、人はより強い責任感を抱き、自分の人生を自分のものとして生きられます。

社会統合論(Social Embeddedness)

社会統合論(Social Embeddedness)では、個人は社会の中に組み込まれた存在であると捉えます。個人の行動は、対人関係における課題解決を目的として行われるため、個人を社会と切り離して考えることはできません。そのため、この考え方は対人関係論(interpersonal theory)と呼ばれることもあります。

アドラーは「人生の問題の本質は、結局のところ対人関係の問題だ」と考えました。個人を理解するためには、その人が周囲の人々とどのような関係を築き、どんな態度をとっているかを観察する必要があります。対人関係のあり方を知ることで、その人の真なる目的や行動の背景が明らかになるのです。

仮想論(Fictionalism)

仮想論(Fictionalism)では、人は主観的な意味づけにより行動すると考えます。人はそれぞれ異なる経験をし、独自の考えや価値観(私的感覚)を形成してきました。

同じ環境にいても、個人が情報に与える意味が異なるため、行動も異なるのです。人は誰しもこの私的感覚に基づいて、目的実現に向けて行動し、このパターンがライフスタイルと呼ばれます。

私的感覚そのものには正誤や優劣の概念はなく、良い結果を生む場合もあれば、悪い結果につながる可能性もあります。仮想論は、そうした私的感覚を、よりポジティブで建設的な方向へと導くことを目指しています。

アドラー心理学をビジネスで実践する3つのメリット

ビジネスの場でアドラー心理学の理論を実践することで、個人のモチベーション向上や対人関係の改善など、さまざまなメリットが期待できます。ここでは、アドラー心理学の考え方をビジネスに取り入れることで得られる、3つの主なメリットを解説します。

メリット1:目的意識を持つことで当事者意識が高まる

アドラー心理学では、人は無意識のうちに目的を持ち、その目的のために行動すると考えられています。課題に直面した際、本来の目的を意識することで、より適切な行動がとれるようになります。

ビジネスにおいても同様に、組織の目標を自分の目的と捉えることで、仕事に対する当事者意識が高まります。単に上司の指示を受け身で待つのではなく、主体的に組織目標の実現に取り組めるようになるのです。個人の当事者意識を引き出し、能動的な行動を促すことで、組織全体の活性化につなげることができるでしょう。

メリット2:勇気づけで自己肯定感が高まる

アドラー心理学は別名「勇気づけの心理学」と呼ばれています。「勇気づけ」とは、困難を克服するために活力を与え、成長するために自信を持たせることです。

一般的に、自信を高めるには、結果に対する他者からの評価など客観的な要素が必要とされます。しかし、アドラー心理学では、内的な自己肯定感の重要性が強調されています。

勇気づけでは、「褒める」「叱る」といった方法ではなく、相手の気持ちを受け止め、対等な立場で接することが重視されます。例えば、職場での愚痴や弱音はそのまま受け止め、認めることで、相手の承認欲求を満たし、自己肯定感を高めることにつながります。

さらに、困難を乗り越える過程で、「自分を変えられる」という自信につながります。このような自己肯定感はビジネスの場面だけでなく、その人の人生そのものを彩るエッセンスとなります。上下関係ではない対等な関係の勇気づけは、組織のマネジメントや人材育成にも役立つでしょう。

メリット3:意見が対立する相手を尊重できる

アドラー心理学においては、すべての人がそれぞれ異なる私的感覚を持っており、その解釈に基づいて世界を見ていると考えます。

それぞれのライフスタイルが異なることを認識すると、意見が対立する相手と出会った際に、自分の意見を押し通したり、無理に相手に合わせたりする必要がないとわかります。相手には自分と異なる目的や解釈があるため、相手の立場を考え、尊重して意見を聞けるようになるでしょう。

この考えは、組織構築や部下育成などにも有用です。相手の意見に耳を傾け理解する「傾聴力」を身につけることは、組織内の円滑なコミュニケーションや良好な人間関係構築につながります。生産性の向上やマネジメントスキルの向上にも役立つでしょう。

アドラー心理学の2つのデメリットと対策

アドラー心理学にはメリットが多い一方で、いくつかのデメリットも存在します。ここでは、アドラー心理学の2つのデメリットとその対策をご紹介します。ビジネスに取り入れる際は、特性を理解し、適切に応用しましょう。

デメリット1:変わることを望まない人への効果が薄い

アドラー心理学は、自分が変わることを前提とした理論です。自分を変えたい、成長したいと考えている人にとっては有益である一方、変化することを望まない人にとっては効果が薄いといえます。

もし、「自分を変えたくない」「変わる必要はない」と考えている人に、アドラー心理学の考え方を強いてしまうとストレスになり、問題を引き起こす可能性があります。

そのような場合は、相手に変わることを強いるのではなく、「自分を変えてみるのもいいかもしれない」という提案から始めます。自然な流れで自発的な変化を促すことができるでしょう。

デメリット2:誤った理解は人間関係をこじらせる可能性が

アドラー心理学は、物事の捉え方や心構えに役立ち、多くの場面で取り入れられます。

しかし、アドラー心理学に傾倒しすぎるあまり、あらゆる物事に対して無理に当てはめようとすると、人間関係をこじらせる可能性があるため注意が必要です。

他者に対して過度な変化を求めたり、主体性を強調しすぎたりすると、アドラー心理学本来の趣旨とは異なる解釈がなされてしまう可能性があります。アドラー心理学を正しく理解し、人生やビジネスに役立てることが大切です。

アドラー心理学とその他の心理学との違い

アドラー心理学は、フロイトの精神分析学やユングの分析心理学と比較されることがあります。最後に、アドラー心理学とフロイトやユングの理論の違いについてご紹介します。

アドラーとフロイトとの違い

ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)は、アドラーと同じオーストリアの精神科医・心理学者です。

フロイトは精神分析学の創始者であり、人間の行動を生物学的な視点で分析しました。人間を動かしているのは本能的衝動であるとし、本能と社会的ルールは基本的に折り合いがつかず、葛藤が生じると説いています。

一方、アドラーは人間の社会的所属欲求を重視し、人は社会に受け入れられ、貢献することで幸福を感じると論じました。

フロイトは人間の行動が過去の体験に影響を受けていると考えたのに対し、アドラーは、過去に支配されず、本来の目的(目標)が行動に影響を与えると説きました。

アドラーとユングとの違い

カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung)はスイスの精神科医・心理学者で、分析心理学を創始した人物です。

ユングは、過去に受けた他者からの影響によって、現在の自分が形づくられていることを示唆しました。これはフロイトと同様、過去の体験からくる「トラウマ」の存在を認めたものです。

一方、アドラーは、個人心理学を提唱し、個人の主体性や目的意識を重視しました。「トラウマ」の存在を否定し、「自分の心は、過去に縛られたり、何者かに侵されたりすることはない、自分だけのものである」と考えました。

また、ユングは思考のスケールをさらに広げ、現在の心に影響を与えている「過去」とは、その人個人だけのものではなく、全人類の過去であると考えました。これを集合的無意識と呼びます。

この発想は、個人心理学を提唱するアドラーとは対照的です。アドラーが、個人と社会の意識的な関わりに焦点を当てているのに対し、ユングは全人類に共通する普遍的な無意識の領域を探求しています。