ピーターの法則とは?“無能な上司”の特徴と「創造的無能のすすめ」
ピーターの法則(Peter Principle)とは、ローレンス・J・ピーター教授が提唱した「階層社会学」における法則。階層社会では有能な人材が昇進を重ねることで“無能レベル”に達し、“無能な上司”になってしまうというものです。
本コラムでは、ピーターの法則の特徴を解説。ディルバートの法則との違いや日本の年功序列との関係、ピーターの法則を回避するための対策などをわかりやすくご紹介します。
ピーターの法則とは?意味と提唱者
ピーターの法則を理解するには、その前提となる能力主義(成果主義)や階層社会の特徴をおさえることが大切です。はじめに、ピーターの法則の全体像と特徴を見ていきましょう。
ピーターの法則とは、昇進すると“無能”になる法則
ピーターの法則は、能力主義の階層社会において、なぜ上の階層に“無能”な人々が多く見られるのかという点を考察した法則です。法則の内容を簡単にいえば「あらゆるポストは、職責を果たせない“無能な人間”によって占められる」というもの。
この結論に至る考察は、次のようになっています。
【ピーターの法則】
- ①能力主義の階層社会(組織)において、有能な人材は評価されて昇進し、新しい職責を負うようになる
- ②昇進を重ねることで、どのような人材も自身の能力が限界に達して職責を全うできなくなる(“無能レベル”に達する、“無能な上司”が生まれる)
- ③“無能な上司”はそれ以上昇進せず、そのポストにとどまる
- ④やがて、全てのポストが“無能な人間”によって占められる
- ⑤組織で必要な業務を遂行しているのは、まだ“無能レベル”に達していない人々によるものである(これらの人々も、やがて昇進し無能となる)
能力主義で部長・課長などの階層がある組織では、有能な人材はより上の階級(職位)へと昇進していきます。上の階級では、より高い能力やマネジメント能力が求められるでしょう。
ここで問題となるのが、プレイヤーとして実績を評価された人材が、マネジメント職にふさわしい能力をもっているとは限らないという点です。出世を繰り返せば、いずれは自身の能力以上の職責を求められる地位に就かなければなりません。職責として求められる能力が自身の能力を上回れば、その人材は期待される役割を果たせなくなります。
ピーターの法則では、こうして職責を果たせなくなった段階を「“無能レベル”に達した」と表現するのです。
ピーターの法則の提唱者は、ローレンス・J・ピーター教授
ピーターの法則は、南カリフォルニア大学教授で教育学博士のローレンス・J・ピーター教授によって提唱されました。
1969年に出版された共著『ピーターの法則―〈創造的〉無能のすすめ―』では、ピーターの法則が生まれるに至った考察・分野を「階層社会学(Hierarchiology)」と命名。世間で観察される事象をユーモアたっぷりに表現・考察しつつも、読者に大きな気づきを与えたことでベストセラーになりました。
ただ、ピーターの法則を扱う際に注意すべき点があります。ピーターの法則は、能力主義の階層社会で観察されやすい現象を風刺的に説明したものであり、社会学の学説として地位を得ているわけではないという点です。
ピーター教授は、ピーターの法則の成立要件として能力主義と階層社会を挙げるほか、あらゆる階層が“無能な人間”で占められるには、組織内に十分な階層があり、全ての人が自身の能力に応じて昇進の機会を得られるだけの十分な時間があることも挙げています。
しかし、現実の組織にはポストに限りがありますし、全ての人が能力に応じて出世できる「十分な時間」があるとも限りません。これが、ピーターの法則と現実の組織の食い違いを示す重要な点となっています。
*参考:ローレンス・J・ピーター/レイモンド・ハル著(渡辺伸也 訳)『ピーターの法則 創造的無能のすすめ』ダイヤモンド社、2003年
ピーターの法則とディルバートの法則の特徴・違い
ピーターの法則と比較されやすい法則に、ディルバートの法則があります。
ディルバートの法則とは、1995年にスコット・アダムスによって提唱された見解です。その主な内容は、「最も無能な社員は、最も実害のない管理職へ異動させられる」というもの。ディルバートの法則を解説した書籍『ディルバートの法則』も当時大きな話題となり、ベストセラーになりました。
ピーターの法則とディルバートの法則は、いずれも「主要なポストを占める人材が無能である」という点で共通しています。一方で、「なぜ、そのような事態になるのか」という説明の部分が大きく異なります。
【ピーターの法則とディルバートの法則の違い】
共通点 | 主な違い | |
---|---|---|
ピーターの法則 | 主要なポストを占める人材が無能である | その人が自分の能力を超える職位まで昇進して、“無能レベル”に達することが原因 |
ディルバートの法則 | そもそも無能な人材が、現場の障害とならないよう、実務にあまり携わらない管理職へ異動させられることが原因 |
上の表のように、ピーターの法則では、もともと有能であると評価された人材が昇進して能力の限界を迎えるという点に特徴があります。
これに対し、ディルバートの法則では、もともと無能であると評価されている人材について、現場の混乱を避けるために実害の少ない管理職へ異動させるという「厄介払い」の観点が入っている点が特徴です。
ピーターの法則による会社側のデメリット
ピーターの法則が成立することによる会社側のデメリットは、主に3つあります。生産性の低下、人事評価の機能不全、そして離職率の上昇です。
会社全体の生産性が低下する
ピーターの法則が成立して管理職が“無能レベル”に達することで、会社全体の生産性が低下します。
これは、管理職となった人材が自らの職責を果たせないことが大きな要因です。必要な目標設定を行えず、業務の進捗管理もできず、アドバイスを求められても十分なフィードバックができないといった事態です。
部下に対して必要な指導をできなければ、現場での人材育成にも悪影響を与えます。その組織全体でメンバーの能力が伸び悩み、成果を出せないことでモチベーションも低下してしまうでしょう。
同時に、もともと有能なプレイヤーとして評価されてきた人材が現場から退くことも無視できません。例えば営業職の場合、顧客との交渉が上手なプレイヤーがマネジメント職に昇進し、その顧客との交渉は別のプレイヤーが担うことになるからです。
適切な人事評価ができなくなる
会社に“無能な上司”が増えると、部下の仕事に対する評価やフィードバックもままならない状態に陥ります。
この要因は様々です。例えば、
- 部下を評価するための知識・スキルが不足し、適切な評価ができない
- 管理職としての無能さを自覚しており、主体的な評価ができない
- 管理職としての無能さを取り繕うため、有能な人材を不当にマイナス評価する
といったことが考えられるでしょう。当然ながら、人事に関わる部署で“無能な上司”が増えれば、会社全体の人事評価制度が機能不全となる恐れもあります。
人事評価が適切に行われていない状況として特に注意が必要なのは、「ハロー効果」という認知バイアスです。ハロー効果とは、一面的な特徴だけで全体を評価してしまうこと。具体例としては、
「趣味が同じで一緒にいると楽しいから、優秀な人物だ」
「業務はこなしているが、学歴が低いから他のメンバーよりも能力が劣っている」
などがあります。
ハロー効果は日常の中でもよく見られる現象であるため、人事評価を行う際は常に気をつけなければなりません。
離職率が高まる・人材が流出する
ピーターの法則が成立している組織では、離職率が高まり、人材が流出する恐れもあります。
その主な理由は、主要な地位が既に“無能な人間”がとどまっており、出世できない人材が増えてしまうからです。同時に、上司に建設的な提言をしたり助言を求めたりしても、その上司が“無能な上司”であれば、適切に対応してもらえません。
成果を出しても適切な評価を受けられないのであれば、より評価してもらえる企業へ転職しようと考える社員は増えるでしょう。
不満を抱える社員が昇進を求めているわけではない場合でも、働きにくい環境であることには変わらないため、離職につながりやすくなってしまうのです。
ピーターの法則は日本の年功序列型人事に当てはまるか?
ピーターの法則は、「日本の年功序列型人事の実態に当てはまるのではないか」と言われることがあります。社員が次第に昇進していき、やがて自身の能力を超える役割を要求される時点で“無能レベル”に達すると考えれば、ピーターの法則との類似性はいえるかもしれません。
ただ、ピーターの法則は能力主義の組織であることが大前提です。年功序列は能力主義ではなく、勤続年数や年齢によって昇進していくものです。昇進の判断基準が異なるため、“無能な上司”が発生する過程においてピーターの法則は成立していません。
年功序列特有の課題からも、組織の主要なポストが“無能な人間”で占められるというピーターの法則は成立しないといえます。それは、有能な若手社員のケースです。どれほど能力が高くても、年齢や勤続年数を原因に出世が阻まれるため“無能レベル”に達しないからです。
年功序列型の企業においても、ピーターの法則で説明される能力と職責の関係は大きなヒントにはなるでしょう。しかし、法則全体がそのまま当てはまるわけではないため、実際には自社の人事評価制度に応じたていねいな検討が重要です。
ピーターの法則を回避するには?「創造的無能のすすめ」とイグ・ノーベル賞受賞研究
とはいえ、現在は年功序列の要素が残る日本企業でも、社員の能力や業績を基準に昇進を決めることは珍しくありません。能力主義の要素がある人事制度でピーターの法則を回避するには、どうすればよいのでしょうか。
ピーター教授は、ここで“創造的無能”という方法を推奨しています。1990年代の研究でもピーターの法則の解決策を検討すべく、コンピュータモデルを活用した証明が行われ、2010年のイグ・ノーベル賞を受賞しました。
ピーター教授による「創造的無能のすすめ」
「昇進によって有能な人材が無能化するのであれば、そもそも昇進を回避すればよい」
ピーター教授による「創造的無能のすすめ」は、このような発想に基づいています。昇進によって“無能レベル”に達するよりも、現在の職位のまま創造的な仕事を続けることを選ぶという考え方です。
具体的な例としては、以下のようなケースが考えられます。
- 仕事の成績はトップクラスだが、役員が参加する会合などで、たびたび上座に座ってしまう
- 業務上不可欠ではないが重要とされる知識・スキルの習得・向上をわざと拒み、“無能レベル”に達している状態を装う
会社の多くのメンバーが創造的無能を発揮することで、大半が“無能レベル”に達することなく、職責に応じた業務を続けられるでしょう。
ただし、社員が自らの無能さを示すことに意欲的になりすぎると生産性が低下し、最悪の場合、社内秩序が失われることにもなりかねません。人事の施策として創造的無能を導入することには慎重になるほうがよいでしょう。
イグ・ノーベル賞受賞研究が提案する「ランダムな昇進」
ピーターの法則は社会学において確立された説ではないものの、その後いくつかの研究で検討されることはありました。その中で、有名なものの1つが、2010年にイグ・ノーベル賞経営学賞を受賞したイタリアのカターニア大学の研究チームによるものです。
同研究では、コンピュータモデルを用いてピーターの法則を回避する方法を証明しました。その回避策とは、「従業員をランダムに昇進させる」という方法です。
コンピュータモデルにより、能力主義を基準として昇進させるよりも、優秀な人材と無能な人材を交互に昇進させたり、無作為に選出した人材を昇進させたりするほうが、組織の効率性が上がったと研究チームは結論づけました。
同研究は、経営層や人事担当者にとって新たな視点を得るヒントになるかもしれません。ただ、あくまでコンピュータモデルでの証明であり、実際の企業や社員を対象とした実証研究でない点に注意する必要があります。
経営層・人事担当者が取り得る3つの解決策
では、現実的に採用し得る解決策はないのでしょうか。ピーターの法則を回避する方法としては、3つの施策がよく提案されています。
本コラムの最後に、これら3つの施策を簡単にご紹介します。
解決策(1)成果に対しては昇進ではなく金銭的報酬を与える
1つめの解決策は、成果を上げた社員に対しては、昇進・昇格で報いるのではなく、金銭的報酬を与えるという方法です。成果に対する報酬の内容を変えることで、その社員が負う職責の変更を回避し、“無能レベル”に達することを避けることが目的です。
「創造的無能のすすめ」では、昇進を避けるために一部の能力について「できない」ことを打ち出すネガティブ・ハロー効果を活用していました。しかし、それでは組織全体の効率が低下しかねません。
「それなら人事制度として業績を評価しなければいいのか」といえば、それもなかなか難しい選択でしょう。成果に対する報いがなければ、社員のモチベーションやエンゲージメントを維持・向上しにくいからです。
この2つの点から、成果に対する報酬として、職位の向上ではなく金銭を与えようという話になります。具体的には、
- 手当の支給や昇給
- 社内表彰制度による褒賞金の支給
などが考えられます。
解決策(2)管理職に必要な能力に基づいて昇進させる
2つめの解決策は、それまでの実績やプレイヤーとしての能力ではなく、管理職に求められる能力に基づいて昇進対象者を選定することです。
能力主義かつ階層構造がある組織でピーターの法則が成立する要因は、優秀なプレイヤーに求められる役割と、昇進後のマネジメント職に求められる役割が異なる点にありました。
プレイヤーとして有能であるという評価は、プレイヤーが持つべき知識・スキル・経験に基づいた評価です。実績と今後の役割に大きなズレがあるため、昇進の基準設定の段階で、このズレを解消しなければなりません。
この解決策として考えられる具体的な方法は、
- 管理職に求められる役割・能力を明確に定義する
- 定義した役割・能力を評価基準として、昇進の対象者を決定する
という方策です。
これにより昇進対象者がはじめから管理職の役割を見据えて選出されるため、昇進後の“無能化”を避けることができます。
解決策(3)次期管理職研修・管理職研修を実施する
そして3つめの解決策が、昇進対象者や現管理職に研修を受講してもらうことです。典型的には、次期管理職研修や管理職研修が、これにあたります。
研修の大きな目的は、プレイヤーとマネージャーの役割の違いを認識すること。
- 経営層が管理職に何を求めているのか
- 部下が管理職に何を求めているのか
- プレイングマネージャーであることの問題点は何か
を認識することが、管理職に必要な知識・スキルの習得に向けた姿勢を養います。
役割認識の研修を実施したあとは、実際に管理職として求められる知識・スキルを習得できる研修やオンライン講座の受講機会を設定しましょう。
例えば、ALL DIFFERENTの管理職研修では、はじめに役割認識を促し、次第に具体的な知識・スキルの習得へ移ります。具体的なスキルの代表例は、組織目標を具体的な行動計画に落とし込むための考え方や指標設定、メンバーの個人目標の設定とアドバイス、コミュニケーションスキルなどです。
ALL DIFFERENT株式会社の「管理職研修」の詳細はこちら
これらの研修を定期的なスキルチェックや360度評価と組み合わせることで、管理職としてのスキルアップに向けた効果的なアクションプランの策定・改善が可能になります。