公開:2022年12月15日

前回の記事のおさらい

第3回と第4回では、社会人の読解力トレーニングのコツと事例を新井紀子先生にお伺いしました。いよいよ最後となる第5回では、AI時代のピンチをチャンスに変える発想の転換と、社会人としての読解力の重要性、AIと社員がともに活躍するために必要な「企業の生き残り方」をお伺いします。

▼前回の記事はこちら
企業のあらゆる課題は読解力のリスキリングで解決できる

目次
  • 新井紀子先生

    新井紀子先生(以下、新井)

  • LA

    ALL DIFFERENT株式会社
    (以下、LA)

*新型コロナウイルス感染防止のため、十分に距離を取りインタビューを実施しました

*記載されている内容はすべて取材当時のものです

文部科学大臣表彰 科学技術賞受賞について

【 LA 】

今年、新井先生は文部科学大臣表彰で科学技術賞をご受賞されました。ご受賞おめでとうございます。受賞された「researchmap」も、AIと人の長所を活かすことで研究者の実績管理を効率的かつ今までにない密度でやっていくものだったと思います。日本も国として、こうした取り組みを奨励する方向に進んでいくということでしょうか。

【新井】

今回受賞した「researchmap」は、今まで大学が先生やその業績をそれぞれ異なる様式で管理していたものを、同じ様式で全員がAIの支援を借りながら全データを入力していく、それを共有したり検索したりできるようにするというものです。今や日本の研究者のほとんどが参加されています。

▲リサーチマップについてはこちらから :  https://researchmap.jp/


「researchmap」は、新たなビジネスにつながる可能性もあります。例えば、「こういう先生を探していて、企業のアドバイザーについてほしい」「講演に来てほしい」「専門家としての意見を聞きたい」など。企業の人事担当者からは、「大学の研究室訪問をするときには必ず「researchmap」でその先生の専門をチェックするようにしている。話が弾み、良い学生を推薦してもらえる」という話も聞きます。開発した私が想定する以上の化学反応が起きているようです。 これまで個々の大学でしてきた研究者の業績管理を、クラウドを使って一気通貫で、しかも機械可読な形式で情報提供することは、単にコストの削減だけでなく、まったく新しい価値の提供にもなるという証左です。そういう転換点に私たちは立っているのでしょう。その最初のステップとして「researchmap」が表彰されたのは、すごく嬉しかったですね。

AIの短所を人が補う、という考え方で広がる可能性

【 LA 】

AI活用を進めると人間の仕事が奪われるというイメージをお持ちの方も多いと思います。AIと人間が連携するには、どのような点がポイントになりますか。

【新井】

AIというのは、あくまでもコンピュータ上で動くソフトウェアです。その一部だけを見れば、あたかも人の頭脳がやっているような精度が出ることはたくさんあります。例えば画像認識でいろいろなものを1000個に分類する精度は、今やふつうの人より高いでしょう。しかし、1000個の枠にはまらない物を見せると、とんでもない結果を出すことは珍しくありません。人間ならば、初見でも比較的柔軟に判断できますが。設定された枠組みを越えた判断や、外れ値への柔軟な対応が、AIにはすごく難しい。だから、例えばネジの企業から「不良品があるかどうかは画像認識で分かりますか」と聞かれたら、「もし100個に1個不良品が出るのであれば役に立つかもしれませんが、1万個に1個ならば、難しいかもしれません」とお返事することになってしまいます。(第1回を参照)


DXでも「ホワイトカラーが行う業務の3~5割くらいはAIでも代替できるのでは」というお話を耳にすることが増えました。でも、ホワイトカラーはその3割仕事が減った分で休暇を取れるかというと、当然のことながら取れないわけです。
そういうことではなくて、「もう少し違うサービスや、普通に人で換算すると利益率が低すぎて手を出せなかったところに手を出せるようになった」ということなんですよね。それによって、サービスの多様性が始まったのではないかと思っています。

AIでチャンスが生まれる仕事

【 LA 】

AI活用で逆にチャンスが生まれる仕事ってあるんでしょうか?

【新井】

ありますよ! AIの活用によって「本当は欲しかったけど今まであきらめていた」ことができるようになっています。

例えば、空港の入国管理。法務省が管轄している入国管理の情報って、旅行業界からはとても需要の高いデータだと思うんですね。「どこの国から今日は何人の方が入国された」というような情報です。でも、今は紙ベースで管理されているからなかなかリアルタイムで国交省に共有することは難しい。でも、紙に書き込まれた旅客機番号だけでも画像解析しテキスト化して、データとして集約できたらどうですか。今日、どこの空港に、または港湾にどこから何人の人が入国したということをリアルタイムで把握できるようになります。旅行業界にとってニーズがあるだけでなく、コロナ禍の今、厚労省にとっても重要なデータになり得ます。 ただし、入管を管轄している法務省にとっては、関心の薄いことでしょう。これが縦割りの弊害ですね。デジタル庁ができたことで、そういった情報がもっとリアルタイムで公開される世の中になったら、ビジネスチャンスが広がる、と期待しています。

ビジネスチャンスをつかむ鍵が「AI」でありAI活用の鍵が「読解力」である

【 LA 】

「ピンチをチャンスに」という言葉の通り、問題がある状況だからこそ、ビジネスチャンスにできる場合があるし、それが大きな価値になるということでしょうか。

そう。皆が困っているということは、そこにサービスが必要だということなので、チャンスなんですよ。

たとえば、災害発生後の対応。大規模災害が発生すると地域の学校が避難所になりますね。学校の管轄は文部科学省ですが、災害時の「避難所」としての学校の管轄は文部科学省ではないのです。避難所を設置するのは各自治体、そして所管するのは総務省や国交省だったりします。

【新井】

耐震工事が終わっている学校のリストやその住所、在校生の数、という情報は文部科学省の各課が持っていますが、省内で共有していない。いざ災害が発生したときに指揮をとる内閣府にも共有していなかった。そのため、東日本大震災では「どこの学校に何人避難しているのか」「どのような物資が必要か」といった情報はもちろんのこと、「どの学校が津波の到達圏内にあるか」といった基本的な情報すら政府が把握できない状態でした。

災害後の支援物資にしても、皆、教科書や本、ランドセルが必要なのかな、と思って物資を送りましたが、子どもの数を大きく上回るランドセルが送られたために処分をしなければならなかったとも聞きました。実は本当に現地の学校が必要としていたのは、指導要領で必須科目となっていた剣道や柔道をやるための「畳」だった、というケースもありました。そうした現場の要望もなかなか文部科学省に届かなかったんですよね。

学校の基本情報を、researchmap同様に一箇所に機械可読な形でまとめておいて、クラウドで冗長化して持っておけば、よりスピーディかつ無駄なく災害対応できたはずなんです。 そういうことを経験して、私たち教育のための科学研究所では「edumap」(学校の情報を一気に配信する無料サービス)の提供を始めました。コロナの第一波直前に提供を始められて本当によかったと思っています。

▲ エデュマップについてはこちらから: https://edumap.jp/


【 LA 】

社会が抱える様々な問題をビジネスチャンスととらえるということ。その手段としてAI活用や他のDXを進めるということ。そして、その鍵が読解力になるということでしょうか。

【新井】

そうですね。上層部が張り切ってAI活用やDXの推進をしても、部下がついてこられないと困っちゃうという話をしました(第3回参照) が、例えばALL DIFFERENT株式会社さんが「オンラインのスタジオで研修を配信しよう」というとき、お客様に「こういうサービスを作ったんです」「今まで対面でしていたものがオンラインでできます、なぜなら...」と現場レベルで説明できないといけません。上層部だけができてもだめなんです。担当者にそのスキルがないといけない。そうでなければ適切な判断と早い決済ができる企業でも立ち行かなくなってしまう。 ここで明暗を分けるのが、やはり「読解力」なんですね。 何度も繰り返しますが、読解力はスキルなので診断ができます。そして、診断結果に合わせて適切にトレーニングすることで能力を伸ばすこともできます。「読解力」のリスキリングですね。リスキリングによって新しい仕事ができるようになると、任せられる仕事の範囲が広がります。これだけでも企業にとっては貴重な人材ですが、それだけではありません。読解力が高い社員は上層部や企業の方針、理念、お客様の要望、ニーズを正確に読み取る力に長けています。結果として「思っていたものとちがう!」という手戻りが発生しにくくなります。労働時間の削減、つまり働き方改革にも結びつくと思います。 コロナ禍を経て、現代社会は変化のスピード感がとても早くなっています。そして、企業に求められるのは早い決断、決済とともに、それについていける社員です。企業を動かしている社員が変わっていくことが必要なんです。柔軟性が高く、筋肉質で、生産性が高く、自己肯定感があるような企業になっていくということが大事ですね。

【 LA 】

読解力の強化はAIとも連携できる人材の育成につながり、ひいては企業全体の働き方改革にもなるのですね。とても濃密なお時間、そして大変貴重なお話をありがとうございました。