サービス残業は自主的行為でも違法!企業の法的責任と防止策



サービス残業は、従業員による自主的な残業であっても違法です。企業が黙認した場合、労働基準監督署の指導対象となり、労働基準法違反で罰金が科せられる可能性があります。
本コラムでは、企業が知っておくべきサービス残業の基礎知識と具体的な防止策を解説します。
サービス残業とは
日本企業では長時間労働の常態化や、賃金不払いの残業が黙認されてきた歴史があります。しかし、サービス残業は違法であり、処罰の対象です。
企業として従業員のサービス残業を防止するために、まずはどのような働き方がサービス残業に当たるのかを正しく把握しましょう。
サービス残業の定義
サービス残業とは、労働者に本来支払われるべき賃金を支払わずに、法定労働時間を超えた労働(時間外労働)をさせることです。「賃金不払残業」とも呼ばれ、時間外労働だけでなく、深夜労働や休日労働に対して適正な賃金が支払われないことも含まれます。
「従業員が自主的に残業している」「会社からの指示はない」というケースであっても、会社が明確に残業禁止を指示していない場合は残業代の支払い対象となります。
上司が残業している部下を注意せず黙認したり、残業しなければ終わらない量の仕事を恒常的に課したりしている場合も同様です。
法律で定められた「法定労働時間」は、休憩時間を除いて「1日8時間、1週間で40時間」です*1。これを超える労働に対しては、原則として残業代を支払わなければなりません。
平成29年1月20日、厚生労働省(以下、厚労省)は労働時間を適正に把握することを目的として、企業向けのガイドライン*2を策定しました。企業には従業員の時間外労働の実態を正しく把握し、サービス残業を防止する取り組みが求められています。
*2 厚労省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」
時間外労働がサービス残業に該当しないケース
ただし、法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える労働であっても、割増賃金の支払いが不要となるケースがあります。代表的なものとして、管理監督者(部長や工場長など)や、事業場外労働のみなし労働時間制、裁量労働制が適用される従業員などが該当します。
①事業場外労働のみなし労働時間制と裁量労働制
営業職や専門職、企画職などでは、事業場外労働のみなし労働時間制や裁量労働制が適用されることがあります。事業場外労働のみなし労働時間制は、外回りが多く実労働時間の把握が難しい場合に、一定時間を労働したものとみなす制度です。
裁量労働制は、仕事の進め方や時間配分を従業員の裁量に委ねる制度です。専門業務型と企画業務型があり、適用できる業務は法令で限定されています。雇用契約で定めたみなし労働時間に基づいて賃金が支払われ、具体的な労働時間は指示しないという特徴があります。
これらの制度では、みなし労働時間が法定労働時間内であれば残業代は発生しません。ただし、休日労働や深夜労働については、実労働時間に応じた割増賃金の支払いが必要です。
②固定残業代制度の場合
雇用契約で「月20時間分の残業代を含む」などと定める固定残業代制度でも、一定時間までは別途残業代は発生しません。ただし、定められた時間を超えて残業した場合は、超過分の残業代を支払う必要があります。固定残業代を理由に残業代を一切支払わないのは違法です。
なお、この制度では基本給と固定残業代部分を明確に区別し、固定残業代は法定の割増率(25%以上)を満たす必要があります。
サービス残業の実態と発生する要因
法律で禁止されているにもかかわらず、サービス残業は依然として深刻な問題となっています。厚労省と日本労働組合総連合会(以下、連合)の最新調査からも、その実態が浮き彫りになっています。
最新の調査結果
連合が2024年に実施した「『働き方改革』(労働時間関係)の定着状況に関する調査」によると、労働者の28.4%がサービス残業を行っており、1カ月当たりの平均時間は16.9時間に上ります*3。
また、厚労省公表の2023年度の監督指導結果では、2万1,349件もの賃金不払事案が報告されています*4。
*3 連合「『働き方改革』(労働時間関係)の定着状況に関する調査2024」
*4 厚労省「賃金不払が疑われる事業場に対する監督指導結果(令和5年)」
サービス残業が発生する3つの要因
サービス残業は、企業の人件費抑制という経営判断、労働時間管理の不備、そして残業を認めない職場文化という3つの要因が複雑に絡み合って発生します。
【サービス残業が起こる要因】
要因 | 具体的な問題 |
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企業側の人件費抑制 |
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不適切な労働時間管理 |
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残業申請を阻む職場環境 |
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このような状況を改善するには、適切な労働時間管理システムの導入や管理職への教育、そして企業文化の改革が不可欠です。特に、残業を前提としない業務配分や、従業員が安心して残業申請できる環境づくりが重要となります。
サービス残業の法的責任と罰則
サービス残業は法律違反ですが、具体的にどのような責任や罰則が科されるのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
法的根拠と罰則
サービス残業をした企業は、労働基準監督署による調査や指導を受け、未払い賃金の支払いを命じられることがあります。また、調査に協力しない場合や労働時間の記録・保存が適切でない場合も、法律違反として罰則の対象となるため注意が必要です。
労基法では、以下の規定によってサービス残業を違法と定めています。
【労基法が定めるサービス残業に関する罰則】
労基法の条文 | 内容 |
---|---|
第32条 | 法定労働時間は休憩時間を除き1日8時間、1週間40時間まで |
第37条 | 法定労働時間を超える労働、深夜労働、休日労働には割増賃金の支払いを義務付け |
第119条1号 | 違反した場合、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金 |
このように、労基法では労働時間と割増賃金について厳格に規定されており、違反した場合の罰則も明確に定められています。
企業が取るべき対応
労働基準監督署の調査で不払い残業が発覚した場合、企業は次のような対応が求められます。
【企業が実施すべきサービス残業への対応】
対応項目 | 具体的な内容 |
---|---|
未払い賃金の支払い | 不払い残業分の賃金を速やかに精算 |
再発防止策の策定 | 具体的な防止策の立案と実施 |
労働時間管理の適正化 | 勤怠管理システムの導入や運用改善 |
残業自体は適切な手続きを経れば認められます。ただし、従業員に残業をさせる場合は、時間外労働協定(36協定)の締結と届出が必要です。そのうえで、協定で定めた範囲内に収まるよう、業務効率化や職場環境の整備に取り組まなければなりません。
サービス残業代の判例に見る法的判断
サービス残業の放置は、企業にとって重大な訴訟リスクとなります。以下、実際の判例から2つの事例を見ていきましょう。
事例1:固定残業代制度が認められなかったケース
公益財団法人M社は、事務局員Aさんから約2年間の時間外労働の割増賃金未払いで提訴されました。Aさんは、会社から支給されていた出張日当が固定残業代に該当しないと主張。
裁判所は、以下の理由からAさんの主張を認め、M社に対して未払い割増賃金71万7,495円と遅延損害金の支払いを命じました。
- 出張日当は、ゴルフ大会出張に伴う飲食代や雑費などの実費補填が目的で、時間外労働の対価ではなかった
- M社は出張日当に残業代が含まれることを明示しておらず、Aさんもそれを認識していなかった
- 出張日当は残業の有無や時間数に関係なく一定額が支給されていた
事例2:「名ばかり管理職」が認定されたケース
大手ファストフード店N社は就業規則で店長以上を「管理監督者」と規定し残業代を支払っていなかったため、店長のBさんが時間外・休日労働の割増賃金支払いを求めて提訴しました。
裁判所は、以下の3つの理由から店長Bさんを管理監督者と認めず、N社に約755万円の割増賃金支払いを命じました。
- 店長の権限が店舗内の業務に限定されていた
- 経営者と一体的な立場とは認められなかった
- 賃金水準が管理監督者としては不十分だった
サービス残業が常態化しやすい状況をチェック!
サービス残業による賃金未払いは、会社内外の信頼関係を損なう重大な問題です。特に常態化すると、従業員の健康被害や企業の法的リスクにつながります。
以下の4つの観点から、自社の状況を定期的にチェックしましょう。
(1)残業を断りにくい雰囲気はないか
会社全体の方針や上司の命令で残業を前提とした働き方が常態化している場合、残業指示を受けた従業員は残業を断りにくくなってしまいます。指示する側が、従業員の働き方を都合よく解釈し、「自分はリーダーシップを発揮している」と誤解しているケースも少なくないでしょう。
上司から「残業代はつけるな」と言われても、特に不利益を恐れて断れない状況では、違法行為を指摘することさえ困難です。
適正な労働時間の記録を阻害するこうした要因は、早々に取り除かねばなりません。
(2)労働時間の管理がずさんになっていないか
企業側が労働時間の管理を怠っている環境も、サービス残業を助長します。例えば、出退勤や残業時間を自己申告制のみで管理し、勤怠管理システムを導入していない場合、正確な労働時間の把握が困難になります。
自己申告制は、従業員の過少申告にもつながりやすいものです。「残業時間が長いと能力不足と見なされる」「上司から残業を命じられても、一定時間以上の申告をすると怒られる」といった内外の圧力が発生するからです。
(3)残業を申請しづらい風土が定着していないか
「残業をするのは能力不足の証」「業務時間で終わらないなら、サービス残業するのは当たり前」といった風潮が、適切な残業申請を妨げる原因となります。
残業許可制を導入している企業でも、「上司が残業時間を過少申告させる」「残業しなければ終わらない業務量なのに、上司が残業を許可しない」という事態が発生していないか、十分に確認してください。
(4)経営層のコンプライアンス意識は適切か
経営層の労働基準法に対する理解不足も大きな問題です。「法の網の目をくぐり抜けよう」という姿勢や、みなし残業代制度の誤った解釈により、労働基準監督署の監督指導を受けるケースが後を絶ちません。特に固定残業代を含む給与体系では、超過分の未払いに注意が必要です。
サービス残業防止に向けた対策ポイント
サービス残業をなくすには、適切な労働時間管理の徹底が不可欠です。厚労省のガイドラインには7項目記載されています。ほかにも、社内での成功事例の蓄積、研修や啓蒙の実施など、様々な施策が可能です。
厚労省が定める労働時間管理の7つのポイント
労働時間を正確に管理するには、厚労省が策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に示された施策の理解と実施が非常に重要です*5。まずは、以下の7つのポイントを確実に実施し、適切な労働時間管理を徹底していきましょう。
*5 厚労省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずるべき措置に関するガイドライン」
①始業・終業時刻の確認・記録
1つめは、労働者の始業・終業時刻を厳格に管理することです。各従業員の毎日の始業・終業時刻を正確に記録し、確実に保管しておきましょう。
これにより、予期せぬサービス残業も防止できます。
②始業・就業時刻の確認および記録の原則的な方法
従業員の労働時間の確認・記録においては、
- 企業側(使用者)が自ら現認することにより確認し、正確に記録する
- タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録など、客観的な記録をもとに確認し、記録する
という2つの方法が基本です。「口頭で報告するだけ」「使用者や労働者の都合に合わせてデータを改ざんする」といったことがないようにしてください。
③自己申告制により始業・就業時刻の確認および記録を行う場合の措置
外回りの営業職や在宅勤務など、タイムカードやICカード、パソコン使用時間による記録が難しいケースで自己申告制を導入する場合、適用対象となる従業員と管理者に対して、以下の項目を十分に説明しなければなりません。
- 労働時間とは何か
- 自己申告制の具体的な内容
- 正しい記録と適正な自己申告の重要性
- 適正な自己申告を行った場合、不利益な取扱いは行われないこと
自己申告と入退場やパソコン使用時間の記録に食い違いが見られる場合は、実態調査を行う必要があります。自己申告した労働時間を超えて事業場にいた時間については、その理由が休憩や自主的な研修などであっても、実際には使用者の指示で行っていた場合は労働時間として扱わなければなりません。
自己申告できる残業時間に上限を設けたり、上限を超える申告を認めなかったりなどの阻害要因がないかどうかも、しっかりチェックしましょう。
④賃金台帳の適正な調整
労基法第108条および同法施行規則第54条により、会社は労働者ごとに
- 労働日数
- 労働時間数
- 休日労働時間数
- 時間外労働時間数
- 深夜労働時間数
などの項目を正しく記入しなければなりません。
賃金台帳にこうした項目を適切に記録していないと、同法第120条に基づき、30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。
⑤労働時間の記録に関する書類の保存
労基法109条により、労働者名簿や賃金台帳とともに、出勤簿や労働時間の記録に関する書類(法定三帳簿)には保存義務があります。2020年4月の法改正により、保存期間は3年から5年に延長されました。ただし、経過措置として当分の間は3年間の保存期間が適用されます。
違反した場合、これも同法第120条により、30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。
⑥労働時間を管理する者の職務
人事・労務担当者や各部署の責任者は、従業員の労働時間を適正に把握し、管理しなければなりません。
労働時間の定義を理解したうえで、
- 職場における各従業員の労働時間を正確に把握する
- 過度な長時間労働が続いている場合は対策を講じる
- 労働時間管理を行う中で課題が生じた場合、その解消に向けた取り組みを行う
といった取り組みを行い、従業員が残業申請をしやすい環境を整備しましょう。
⑦労働時間等設定改善委員会等の活用
労働時間の現状や管理上の課題を把握し、改善するためには、労働時間等設定改善委員会などの労使協議組織の活用することも有効です。労使協議組織を通じて、労働時間管理に関する問題点や改善策を検討することができます。
おすすめの施策と研修内容・啓発方法
サービス残業の背景には、長時間労働の常態化がしばしば見受けられます。残業前提の働き方自体を見直す必要があるでしょう。
企業文化の更新や環境整備に向けて、例えば
- 成功事例作りと啓発
- タイムマネジメント研修
に取り組むことをおすすめします。
成功事例作りと啓発
長時間労働が常態化している職場では、小規模なプロジェクトから改革を始めることが効果的です。全社的な改革よりも、まずは「お手本」となる成功事例を作ることで、従業員の意識改革を促すことができます。
長時間労働の是正においては、以下の手順で進めるとよいでしょう。
【プロジェクトの進め方】
ステップ | 実施内容 |
---|---|
分析 | 少人数のプロジェクトチームで働き方を分析 |
実行 | 長時間労働是正に向けた具体的な施策の展開 |
改善 | 残された課題への取り組み |
共有 | 数カ月〜1年の成果を社内で共有 |
このプロセスを成功させるには、人事・労務管理部門による継続的なサポートが不可欠です。
成功事例を社内報やポータルサイトで公開し、働き方改革の研修でも活用することで、より効果的な啓発活動が実現できます。他の従業員が具体的な改善方法を学び、実践することで、最終的には全社的な意識改革へとつなげることができるでしょう。
タイムマネジメント研修の実施
長時間労働を減らすには、業務の効率化も必要です。その効果的な手段として、タイムマネジメント研修の実施をおすすめします。
タイムマネジメント研修は、次の3つのステップで進めましょう。
-
①タイムマネジメントの高低による違いを具体的に理解する
-
②タイムマネジメントの7つの要素を習得する
- a. 間の使い方に対する意識改革
- b. 手帳や時間管理ツールの果的な活用
- c. 整理・整頓の実践方法
- d. 上司・関係者とのコミュニケーションとメモ術
- e. タスク管理と所要時間の把握
- f. 業務の振り返りと翌日の準備
- g. 定期的な業務改善の実施
-
③実務への応用と時間配分の見直しを行う
人材育成担当者や管理職は、従業員一人ひとりが効率的に業務を遂行できるよう、継続的なサポートを行うことが重要です。
サービス残業解消に向けた企業の取り組み事例
最後に、サービス残業をなくすための企業の取り組み事例を2つご紹介します。違法性の認識定着と適正な労働時間管理の環境整備がポイントです。
事例1:勤怠管理システムの導入による改善
A社では、従業員による始業・終業時刻の自己申告制を採用していましたが、パソコンの使用記録との大きな乖離が発覚し、労働基準監督署から指導を受けました。
A社が実施した改善策は、次の3つです。
- ①自己申告制を廃止し、勤怠管理システムを導入することで、始業時刻・終業時刻を適正に記録できるようにした
- ②従業員に対して、時間外労働を実施した場合は全て申請するよう説明し、環境整備を行った
- ③企業風土や人事制度の改革に向けてプロジェクトチームを立ち上げ、時間外労働の削減を含む対策を講じた
事例2:残業時間の定期チェック体制の確立
B社では、勤怠管理システムを導入していたものの、残業時間は自己申告制となっていました。その結果、「一定の時刻以降の残業時間に対する残業代が支払われない」という事態が発生し、労働基準監督署の指導対象となりました。
B社が実施した改善策は、次の3つです。
- ①自己申告制を廃止し、勤怠管理システムを導入することで、始業時刻・終業時刻を適正に記録できるようにした
- ②適正な労働時間の記録をするよう社内教育を徹底し、必要な残業が発生した場合は必ず申告するよう説明した
- ③人事担当部署が出退勤時刻と残業申請に食い違いがないか毎日確認し、食い違いがあった場合は従業員本人にヒアリングを行う体制を整備した
「残業時間は残業申請で把握する」という体制は、B社に限らず、サービス残業で労働基準監督署から指導を受ける多くの企業に共通する問題です。
サービス残業の放置は送検につながる可能性もあります。人事・労務担当者は、確認漏れを防ぐため毎日のチェックを心がけましょう。