諭旨解雇とは?懲戒解雇との違いや退職金・転職への影響、必要な要件を解説



諭旨解雇(ゆしかいこ)とは、会社が従業員に退職を促し、退職届を受理したうえで解雇する懲戒処分のことです。懲戒解雇とは異なり、あくまでも自発的な退職です。
本コラムでは、諭旨解雇の意味、懲戒解雇との違い、退職金・失業保険・転職への影響などについてわかりやすく解説します。
諭旨解雇とは
就業規則などに定められる「諭旨解雇」。読み方は「ゆしかいこ」です。どのような意味があるかご存じでしょうか。ここでは、諭旨解雇の概要や背景について解説します。
諭旨解雇の概要
諭旨とは、「趣旨を諭して告げる」という意味があります。諭旨解雇とは、会社が従業員に対して解雇対象であることを勧告し、退職届の提出を求めて退職させる処分です。懲戒解雇に次ぐ重い処分であるものの、企業が従業員に温情を持って退職を求める方法といえます。
また、似た言葉に「諭旨免職(ゆしめんしょく)」があります。諭旨免職は主に公務員に用いられる用語で、意味や処分の重さは諭旨解雇とほぼ同じです。
諭旨解雇は懲戒処分の一種
諭旨解雇は懲戒処分の一種であり、重い部類に入ります。懲戒処分の種類や内容は企業によって異なりますが、以下の処分が就業規則に定められることが一般的です。
懲戒処分 | 制裁 |
---|---|
戒告(かいこく) けん責(譴責、けんせき) 訓告(くんこく) |
口頭・文書などで厳重注意、または始末書の提出を求める ※最も軽い処分 |
減給 | 給与を減額する |
出勤停止 | 一定期間、出勤を禁じる(その期間は無給) |
降格 | 役職や職位を引き下げる |
諭旨解雇(ゆしかいこ) 諭旨退職(ゆしたいしょく) |
退職の勧告後、退職届を受理し雇用契約を解除(応じない場合は解雇) |
懲戒解雇(ちょうかいかいこ) | 即時解雇 ※最も重い処分 |
諭旨解雇を拒否した場合
諭旨解雇は懲戒解雇と合わせて検討される処分です。そのため、従業員が退職に応じない場合、企業は懲戒解雇を選択する可能性があります。懲戒解雇は即時解雇となる最も重い処分であり、その適応には慎重な判断が求められます。
諭旨解雇と他の解雇・退職との違い
就業規則で定められる解雇や退職に関する用語には、諭旨解雇と混同されやすいものがあります。ここでは、以下の4つの用語と諭旨解雇の違いを解説します。
- 懲戒解雇
- 諭旨退職
- 退職勧奨
- 自己都合退職
1つずつ見ていきましょう。
諭旨解雇と「懲戒解雇」の違い
懲戒解雇は、従業員が重大な違反を犯した場合に適応される最も重い処分です。従業員の意思にかかわらず会社側が決定し、即時解雇の処分となります。
一方で、諭旨解雇は懲戒解雇よりも一段階軽い処分です。一方的に解雇する懲戒解雇と違い、自発的な退職を促す温情措置といえます。
諭旨解雇と「諭旨退職」の違い
諭旨解雇と諭旨退職は言葉の違いはありますが、従業員に退職届を提出させたうえで雇用契約を終了するという点で、内容はほとんど同じです。
ただし、諭旨解雇はその名の通り「解雇」と見られることがあり、労働基準法上の解雇規定の適用を受ける可能性があります。その場合、解雇予告の実施もしくは解雇予告手当の支払いが必要になります。
諭旨解雇と「退職勧奨」の違い
諭旨解雇が懲戒処分の1つであるのに対し、退職勧奨(たいしょくかんしょう)は人員整理や業績の悪化、合弁・買収などにより、従業員に自主的な退職を勧めるものです。
退職金の加算や給付制限なしで失業保険が受け取れるなど、従業員にとって優位な条件を提示される場合もあります。退職勧奨に応じるかどうかは、従業員の意思によるもので、会社からの強制ではありません。
諭旨解雇と「自己都合退職」の違い
自己都合退職とは、従業員が自らの意思で退職することです。通常、転職や家庭の事情、傷病など、個人的な理由で自発的に退職届を提出し、会社側が受理します。
一方で、諭旨解雇は、従業員の問題行動により会社側が退職を勧告するものです。退職届を提出するという点は共通していますが、自己都合退職とは性質が異なります。
諭旨解雇の対象となる事例
では、諭旨解雇が該当する事例としては、実際にどのようなものがあるのでしょう。諭旨解雇が認められる要件とともに、以下の項目を確認していきます。
- ハラスメント行為
- 正当な理由のない遅刻や欠勤
- 業務上の不正行為
- 違法行為
それぞれ詳しく解説します。
ハラスメント行為
パワーハラスメント(パワハラ)やセクシャルハラスメント(セクハラ)などのハラスメント行為により、諭旨解雇となることがあります。
パワーハラスメントとは、職場での地位や優位性を利用し、業務指導の範囲を超えた言動により、他人の人格を否定したり尊厳を傷つけたりする行為です。特に、上司が部下に対して行うケースが多いですが、同僚間や部下から上司への行為も該当します。
セクシャルハラスメントは、性的いやがらせや不適切な評価によって、相手に不快感を与えることです。
ハラスメントは従業員のメンタルヘルスに深刻な影響を及ぼすだけでなく、職場環境の悪化や組織の生産性低下にもつながるため、諭旨解雇の対象となることがあります。
正当な理由のない遅刻や欠勤
就業規則や雇用契約書では、従業員の就業時間や所定労働日が定められています。そのため、正当な理由のない遅刻や欠勤が繰り返される場合、労働契約の不履行とみなされ、懲戒処分になることがあります。
通常、初回は戒告程度の軽い処分で済むことが多いですが、改善が見られない場合、諭旨解雇などより重い処分が検討されることがあります。
業務上の不正行為
業務上の不正行為は、企業の信頼を損ない重大な損害をもたらすため、諭旨解雇の対象となる場合があります。具体的には、不正会計や不正請求、取引先からの不正なリベートの受領、会社の備品転売などが該当します。
また、お金に絡む行為以外にも、情報のねつ造・改ざん・盗用、機密情報の持ち出し、秘密保持契約違反なども業務上の不正行為とみなされます。
違法行為
就業規則などに記載がなくとも、法律に違反した場合は懲戒処分を免れません。無免許運転や酒気帯び運転、規制薬物使用、窃盗、放火、傷害などは、諭旨解雇にとどまらず懲戒解雇となることがあります。
諭旨解雇による退職金・有給休暇・失業保険の扱い
諭旨解雇を適用した場合、従業員の権利はどのように扱われるのでしょうか。ここでは以下のポイントについて解説します。
- 退職金の支給
- 有給休暇の取得
- 失業保険の給付
それぞれ詳しく見ていきましょう。
退職金の支給
諭旨解雇による解雇者の退職金については、法的な決まりはなく、企業ごとに判断します。就業規則に定められている場合は、その内容に従います。
一般的には、懲戒解雇の際の退職金は減額または全額不支給、諭旨解雇の場合は通常の退職と同等、または一部のみ支給すると定めているケースが多く見られます。
有給休暇の取得
諭旨解雇により退職が決まった場合でも、従業員が有給休暇を取得する権利は消滅しません。そのため、退職日までに有給休暇の申請があった場合、企業は認める必要があります。
失業保険の給付
諭旨解雇で退職しても、受給に必要な被保険者期間が「離職前2年以内に12カ月」ある場合は、失業保険の基本手当が受け取れます。ただし、自己都合退職と同様に2カ月(または3カ月)の給付制限期間があり、支給まで待機する必要があります。
諭旨解雇が転職活動に与える影響
諭旨解雇となった従業員は、転職が難しくなる可能性があります。企業は、諭旨解雇が従業員のキャリアに重大な影響を及ぼすことを認識しておく必要があります。ここでは、退職理由の告知義務と諭旨解雇が転職先に知られる可能性について解説します。
退職理由の告知義務はない
諭旨解雇が自主的な退職の形をとっている背景には、転職時の不利益を避ける意図も含まれています。諭旨解雇された従業員が転職活動をする際、履歴書には「一身上の都合により退職」と記載することができ、退職理由を告知する義務はありません。
ただし、面接などで離職理由を問われた際に事実と異なる回答をした場合、後に事実が発覚すると、採用が取り消されるリスクがあります。
転職先に諭旨解雇が知られる可能性
転職者が退職理由を告知する義務はないものの、転職先に諭旨解雇で退職したことが「ばれる」可能性はゼロではありません。例えば、転職先の企業が前職の会社に退職証明書を求めたり、直接問い合わせたりするケースが挙げられます。退職証明書には、離職理由として「諭旨解雇」と記載されることがあります。
一方で、離職票の退職理由には「自己都合」と記載されることが一般的です。離職票は失業保険の受給に必要な書類であり、転職先に提出するものではありません。また、企業が離職証明書を作成する際は、離職理由は「労働者の個人的な事情により離職(一身上の都合)」とし、具体的内容記載欄に「自己都合(諭旨退職)」と記載することが多いです。
諭旨解雇を実施するために必要な3つの要件
諭旨解雇は、企業が従業員に課す懲戒処分の中でも重い部類に入ります。適切に実施するためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
- (1)就業規則に定めがあること
- (2)就業規則が従業員に周知されていること
- (3)懲戒権および解雇権の濫用に該当しないこと
1つずつ見ていきましょう。
(1)就業規則に定めがあること
1つ目は、就業規則に懲戒処分の種別とその事由の規定があることです。就業規則に諭旨解雇に関する定めがない場合、処分を実行できません。
懲戒処分などの制裁については、種別とその事由を就業規則に明示する必要があります(労働基準法第89条)。事由は誰でも理解できるよう、具体的に記載しましょう。
出典:労働基準法(第89条 第9章 就業規則「作成及び届出の義務」)
(2)就業規則が従業員に周知されていること
2つ目は、諭旨解雇に関する内容を含めた就業規則が、従業員に周知されていることです。
労働基準法第106条において、就業規則の周知義務が定められています。就業規則に明記しても、周知されていない場合、諭旨解雇は無効となるため注意が必要です。
従業員がいつでも参照できるよう、以下のいずれかの方法で周知しましょう(労基法施行規則第52条の2)。
- 見やすい場所への掲示、または備え付け
- 書面の交付
- 電子データで記録し、常時閲覧できる状態にする
出典:労働基準法(第106条 第12章 雑則「法令等の周知義務」)
(3)懲戒権および解雇権の濫用に該当しないこと
3つ目は、懲戒処分の内容が「懲戒権の濫用」や「解雇権の濫用」に該当していないことです。
諭旨解雇の事由が、客観的な妥当性や合理性を欠き、社会通念上相当であると認められない場合、懲戒権の濫用や解雇権の濫用とみなされ、処分は無効となります(労働契約法第15条・第16条)。
諭旨解雇は極めて重い処分のため、適切に行われなかった場合、従業員が不当解雇として訴訟を起こす可能性があります。処分を実行する際は、過去の裁判例などを踏まえて、注意深く判断しましょう。
諭旨解雇の手続き方法と注意点
諭旨解雇を適切に実施するためには、次のような手順を踏み、慎重に進める必要があります。
- (1)諭旨解雇に相当する事由か確認する
- (2)本人に弁明の機会を与える
- (3)処分を決定する
- (4)懲戒処分通知書を交付する
- (5)従業員からの退職届を受理する
実際の手順と注意点について、順番に解説します。
(1)諭旨解雇に相当する事由か確認する
はじめに、該当者の問題行動について、事実関係を確認し、就業規則に定められているどの事由に該当するかを判断します。
前述の通り、諭旨解雇には客観的な妥当性や合理性が求められるため、慎重な調査が必要です。本人に聴取するだけでなく、関係者を洗い出し、証拠を収集するなど十分な事前調査を行いましょう。
(2)本人に弁明の機会を与える
次に、本人に弁明の機会を与え、問題行動に及んだ理由や現在の考えなど、「言い分」を聞きます。本人の弁明により追加調査が必要な場合は行い、情状酌量の余地についても検討します。
弁明の機会は諭旨解雇の合理的な決定を示す重要なプロセスのため、調査資料や面談記録はきちんと残しましょう。
(3)処分を決定する
最終決定に当たっては、諭旨解雇処分が妥当であるか、今一度精査します。調査結果や本人による弁明を考慮し、事実誤認がないことを確認したうえで処分を決定しましょう。一部の管理職のみの判断とならないよう、担当者間で事実の共有を行うことも重要です。
(4)懲戒処分通知書を交付する
諭旨解雇が決定したら、解雇の30日前までに懲戒処分通知書を本人に交付します。これは、労働基準法第20条の解雇予告義務に基づく法的な手続きです。解雇の予告を行わない場合は30日分以上の平均賃金を解雇手当として支払う必要があります。
諭旨解雇は退職届を受けて、雇用契約を解除するため、懲戒処分通知書には退職届の提出期限や、退職届を提出しない場合は懲戒解雇になる旨を記載しましょう。
(5)従業員からの退職届を受理する
本人から退職届が提出された場合は受理し、予定日をもって解雇とします。もし、期日までに退職届の提出がなく、諭旨解雇の処分を拒否する場合には、懲戒解雇へ移行します。このように、諭旨解雇には慎重な対応が求められます。従業員とのトラブルを防ぐためにも、日頃からコンプライアンス意識を高めることが重要です。
諭旨解雇をする従業員への対応
諭旨解雇の対象となる従業員に対して、会社はどのように対応したらよいのでしょうか。最後に、後々大きなトラブルに発展しないために、人事担当者がおさえておくべきポイントを解説します。
処分決定の前に十分な改善指導を行う
諭旨解雇の妥当性は、処分決定以前の段階で対象者に改善の機会を与えたかどうかが影響します。上司や人事担当者が十分な改善指導を行ったにもかかわらず、改善が見られなかった場合は、その経緯を記録しておきましょう。
懲戒処分を段階的に行う
問題のある従業員に対し、懲戒相当の事由が認められる場合、戒告、けん責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇と段階的に措置を講じます。
いきなり厳しい懲戒処分を行うと、改善の機会を与えていないと判断される可能性があり、最終的に諭旨解雇処分となった場合に、判断の合理性を欠く恐れがあります。
対話を通じたコミュニケーションを心がける
諭旨解雇をめぐっては、従業員側が処分を不服として、紛争・係争に発展する例が多くあります。このような事態を避けるために、会社側は処分の妥当性や合理性を確保するとともに、従業員との対話を通じたコミュニケーションを心がけましょう。
従業員が処分を受け入れるよう、趣旨を諭すことも、上司や人事担当者の重要な役割といえます。
諭旨解雇は適切に運用しよう
諭旨解雇は、従業員の重大な違反行為に対して適用される懲戒処分の一種です。企業は就業規則を整備し、従業員への周知を徹底したうえで、慎重に対応する必要があります。
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