事例で見る人材育成方針の定め方    経営視点の持ち方と適切に定める3つのステップ

update更新日:2021.06.16 published公開日:2017.04.24
皆さまの会社では、人材育成の方針をどのように立てていますか? もし、「若手社員のコミュニケーション力を向上させるためには…」といった具合に、目先の課題を解消する育成施策ばかりを考えていたら要注意です。今回は、適切な人材育成方針を定めるために意識すべき3つのステップについて、当社のお客さまの取り組みも交えて解説します。

今ある課題ばかりを気にした人材育成方針になっていませんか?

社員にどんな人材になってほしいのか、また自社でどのように人材を育てていくのか、企業にとって「人材育成の方針」を立てることは非常に重要な取り組みです。しかし、いざ方針を考えようとすると、「若手のスキルアップに最適な研修は...」「営業メンバーの交渉力を向上させるには...」など、目の前の課題にどう対応するかという視点で考えるケースも多いと思います。

もちろん、このような視点から人材育成の方針を考えることは非常に大切です。しかし、その視点だけで本当によいのでしょうか。人材育成の方針を考えるときにどのような視点が必要なのか。まずは企業全体の動きをもとに確認していきましょう。

人材育成方針の策定に"経営の視点"が必要な理由

一般的に企業では、下記のような理念や方針、戦略が設定され、それに沿った運営が行われています。

  • 長期的な指針:企業理念、ビジョン、経営方針
  • 中長期の指針:具体的な行動を生み出すための経営戦略
  • 経営戦略の一環としての人事戦略(等級制度、人事評価、賃金、人材育成、採用)

この3つからわかるように、人材育成の方針というのは「経営の指針」をもとに、企業理念やビジョンを体現できるのはどのような人材なのか、また経営戦略を達成するにはどんな人材が求められるのか、企業運営の基本に立ち返り策定していく必要があります。また、企業経営は常に外部環境の変化にさらされているため、人事戦略も外部環境の変化に対応し、進化させていかなければなりません。つまり、人材育成の方針を適切に定めるには、"経営の視点"を持つことが必要不可欠なのです。

適切な人材育成方針を定める3ステップ

では、経営視点に立った人材育成方針は、どのような手順で定めていくとよいのか、ここからはその方法をご紹介します。当社では、次の3つのステップを踏んで、要件を整理しながら方針を決定していくことを推奨しています。

Step 1: 外部環境に基づく自社の経営戦略の変化をキャッチアップする

先ほど、人材育成方針の策定には経営の視点が欠かせないとお伝えしたように、まずは自社の経営戦略を正しく理解することが大前提です。ただし、経営戦略は外部環境の変化によって見直しが発生することを忘れてはいけません。ここで言う外部環境とは、自社だけではコントロールできない要因のことを指し、例えば以下のような事柄が挙げられます。

  • 規制緩和によって参入障壁がなくなり、競合が増える
  • 人口減少によって国内市場が縮小し、海外進出に活路を見いだす動きが広がる
  • 感染症対策として、テレワークが推奨される

競合が増加したのであれば、付加価値を加えた商品を投入する、生産性の向上によってコストを下げるなどの対応が必須ですし、海外市場への進出を検討するには、海外営業の部署を新設するといった動きも出てくるでしょう。また、テレワークへの対応としては、就業規則や制度の見直しが発生します。

このように、外部環境の変化は最終的に社員の仕事内容の変化につながります。つまり、人材育成の方針というのは、外部環境の変化、それに伴う経営戦略の見直しによって変わってくるということです。そのため、「新たな経営戦略ではどんな人材が必要となってくるのか」を適切に定めるためにも、外部環境に基づく経営戦略の変化をしっかりと追いかけ、正しく理解することが必須です。

Step 2:経営戦略を実現するための組織編制となっているか確認する

経営戦略を正しく理解した次は、組織編制の確認が必要となります。限りある経営資源で経営戦略を実現するには、どういった組織・部門が必要なのか、各部門の役割や責任は何か、また必要な権限は付与されているかといったことを考えなければなりません。

特に経営戦略に見直しが生じた場合は、それに伴って組織編制が見直されることがよくあります。具体的には、

  • 国内市場の縮小により海外市場に活路を見いだすため(経営戦略)
    →海外営業の専任部隊を新設する(組織編制)
  • 重要顧客からの品質管理強化の要望に応えるため(経営戦略)
    →品質管理部門を製造部から独立させる(組織編制)

などが該当します。そのため、「今の体制は経営戦略を実現するための組織編制となっているか」を常に意識し、必要に応じて組織編制を見直すことも、適切な人材育成方針の策定に欠かせない大切な要素です。

Step 3:人材要件を「質」と「量」の面で捉える

そして最後に、経営戦略を実現するための人材像を「質」と「量」の面から検討します。

<社員に必要な「知識・スキル」を考える>

まずは「質」。これは、社員に必要な「知識・スキル」を意味します。

ここでは、Step 1、Step 2で言及した「海外営業の専任部隊を新設した場合」を例に挙げ、確認していきます。この場合、従来の国内営業の業務に求められる知識やスキルに加え、下記のような知識やスキルが新たに求められ、例えばマーケティング知識や語学力に長けた人材の採用や育成を考える必要が出てきます。

つまり、現状では「新たに求められる知識やスキルが不足している」という課題を設定することで、人材育成の方針を立てることができ、そこから研修をはじめとした人材育成の施策に反映させていくことができます。

戦略変更により社員に新たに求められる知識やスキルの例

従来の国内営業 新設された海外営業
・既存顧客に対する直販営業 ・新規の代理店開拓
・売上に対する粘り強さ ・マーケティングに関する知識
・自社の商品知識 ・部門の収益を理解するための会計知識
・社内調整力 ・異文化への環境対応力
・語学力

<必要な「人員数」を考える>

次に「量」。これは、必要となる「人員数」を意味します。人材育成の観点から人材要件を検討すると、 つい「質」の面にばかり目を向けがちですが、それと同様「量」も大切です。

例えば、海外市場への進出を機に支店を出すのであれば、支店長をはじめとした人材の配置が必要となりますし、 品質管理体制を強化するのであれば、商品や製造ラインに応じて十分な知識や経験を持った社員をより多く用意しなければなりません。

「量」における人材課題の解決策には、採用によって外部から人材を取り入れるほかにも、社内の人材を育成することで、「量」に数えられるようになるまで育てるという方法もあります。特に、労働力人口の減少を背景に採用競争が激化する昨今は、社内の人材を育成して「質」を高め、「量」を確保することは不可欠。 そのため人材育成の方針は、「質」と「量」の両面から考えていく必要があります。

人材育成方針を定めるプロセス~企業の事例~

ここまで、人材育成方針を適切に定めるための3つのステップを見てきましたが、実際にどのように進めていけばいいのか、そのフローを知りたい方も多いでしょう。当社のお客さまの事例を紹介しますので、ぜひ参考にしてください。

人材育成方針策定のフロー A社様(社員数100~150人)のケース

①企業経営の理解

まずは、企業経営に関する情報を収集するため各部門からヒアリングを実施。売上、主力サービスの変化、今後の事業展開など、3~5年先を見据えて会社について考える機会を設け、企業経営への理解を深めました。

②現行の人材育成方針における課題の特定

①を通じて定めた「3~5年先のありたい姿」を実現するには、どのような組織体制が求められるのか、またどのような専門スキルを持った人材がどのくらい必要なのか、質と量の面から洗い出し、そこから現行の人材育成方針にどのような課題があるのかを特定しました。

③課題の擦り合わせ

②で特定した課題に相違ないか、抜け漏れがないかを確認するため、経営層や各部門のリーダー陣との擦り合わせを実施。全社レベルで認識の共有を図ることで、実際に人材が配属される現場とのギャップをなくすことを意識しました。

④人材育成方針の策定・決定

③で確定した課題をもとに、人材育成方針を策定。策定後は、経営層や各部門のリーダー陣と再度擦り合わせを実施。キーパーソンの知見を活用することで、人材育成方針の精度を高め、「3~5年先のありたい姿」を実現できる人材育成方針を決定しました。

A社様のケースでは、当社が推奨する3つのステップを踏みながらも、全社レベルでキーパーソンを巻き込んで進めたことが大きなポイントではないでしょうか。

当社では、様々な業種・規模のお客さまのサポートを行っていますが、経営層やリーダー陣との調整を図るのが難しく、「なかなか進まない...」と悩んでいる方が大勢いらっしゃるのが実情です。他部署との連携に必要なコミュニケーション力や交渉力といったスキルを高めることで、スムーズに調整を進められるようになりますので、人材育成方針の策定に携わる人事担当者・人材育成担当者の皆さま自身が、日ごろから意識してこれらスキルを高めていくことも必須です。

最後に

今回のコラムでは、人材育成の方針を適切に定めるための3つのステップと、それらを実践して方針を策定されたお客さまの事例を見てきました。最後にまとめると、外部環境に基づく経営戦略を正しく理解することで、それを実現する組織編制や、経営戦略を実現するうえでの人材育成の課題を把握することができるようになる。そしてこれらを把握することでようやく、本来取るべき人材育成の方針が明確になるということです。

とはいえ、人材育成方針の土台となる"経営戦略そのもの"について学ぶ機会は少なく、まずは経営戦略の構造や目的、自社の戦略を検討するうえでのポイントから知りたいという方も多いのではないでしょうか。当社では、『経営戦略概論』や『組織・人事管理概論』といった研修を通じて、経営戦略の基礎知識や、ビジョンに合致した制度構築、組織設計などを学ぶ機会を提供しています。これら研修も活用しながら、「自社の人材育成方針が経営戦略を実現できるものになっているか」「社会の変化に対応したものになっているか」など、自社の状況を点検し、適切な人材育成方針の策定につなげてみてください。