A. 日本国際協力センター(以下、JICE:ジャイス)は、外務省や国際協力機構(JICA)から留学生受入事業や国際交流事業を受託して実施する国際協力機関です。交流や日本への留学を通じて、共に学びあい、世界に知日家、親日家の輪を広げています。現在、現地事務所は14箇所、JICEの職員の1割が赴任や長期出張などの海外勤務に就いています(2018年9月現在)。
A. ここに難しい問題があって、20代後半から30代前半は一番キャリアが形成されやすい時期でもあり、また結婚・出産のライフイベントが最も多い時期でもあります。プロジェクトによっては海外勤務から数年外れられない場合があるので、いつ海外勤務を入れて、いつ結婚して、いつ出産するのかがものすごく難しいのです。
A. まず取り組んだのは規程の整備です。私自身が妊娠・出産を経験したときに感じたことですが、会社の規程が少々わかりづらく、説明もなかった。さらに、育児休業規程や産前産後の規程が1つ1つ分かれていて、出産前はこれを読んで、出産後はこれを読んで、という状態でした。
別々の規程をわざわざ読むのは面倒ですよね。その煩雑さが制度の理解を妨げているのではないかと思いました。そこで、それまでの規程を作り変えて、妊娠・出産・育児に関する規程というのを作りました。それ1つを読めば、妊娠した段階から出産・復帰後までどのような制度があるのかが全てわかるようにしました。
A. 妊娠・出産は、ある特定の年代の女性の問題だと思われがちですよね。そうすると、その特定の人たちだけが得をするように見られてしまう。そこで、全員が関係するであろう「介護」に関する制度の整備も一緒に行いました。
介護に関する制度はかなり充実させましたね。介護休業を最大2年間にするとか、遠方に親御さんがいて土日を介護に使ったら翌日の月曜日はお休みにしてあげるとか、実際に働いている人たちから意見を聞いて、こういう制度があったらいいなというものを形にしました。また「介護をされる方へ」というチラシを作って、妊娠・出産のチラシと一緒に発表しました。
チラシを作って制度を見える化した
良いも悪いも含めた情報提供で、自分の判断軸を作ってもらう
Q. 発表した後の反応はどうでしたか?反発などはあったのでしょうか?
A. 表立っての反発はありませんでしたね。国際協力をしようという機関ですので、そもそも優しい人が多いのかもしれません。ただ、ベテラン職員や特に管理職の方に配慮しなければと感じていました。先に述べたような制度が整っていない中で自力でキャリアを構築・継続していらっしゃった方々ですから、仕事をすることに対する価値観や意識といったものが、キャリア構築とライフプランの両立を支援する人事諸制度の価値観とは少し違うはずだと思ったのです。
Q. それに対してどのような取り組みをなさったのでしょうか?
A. 管理職に対して何度か研修を行いました。その時に強調したのが、組織はさまざまな事情を抱えた人たちが集まって成り立っているということです。妊娠・出産する人たちだけでなく、障がいを持っている人、病気を治療している人、介護をしている人たちもいて組織ができています。なんの事情もなく働ける人たちだけが集まっている組織はうまくいって当たり前で、さまざまな事情を抱える人たちがいる中でチームを作って成果をだすのが管理職ですよね、ということを研修の場や定期的なアナウンスで何度も伝えました。その甲斐あってか、今までマタハラなどで人事に訴えがきたことは1件もありません。管理職の方にご理解いただいて、職員が当然のこととして制度を利用できる土壌を作れたのかなと思っています。
Q. 管理職以外の方に対しては、何か取り組まれましたか?
A. 若手向けの育児と介護勉強会を実施しました。「介護の勉強会をなぜ若手に?」と思われるかもしれませんが、「この一連の人事制度の整備は、若いあなたたちにとっても他人事じゃないのよ」と伝えたかったのです。介護を経験した何人かの先輩に来てもらって、介護と仕事の両立に関する苦労話などをしてもらいました。語り手の一番若い人が36歳くらいで、「そんなに先の話じゃない」「育児と介護が同時にくるかもしれない」という心構えをもってもらえましたね。
A. たしかに、調査書という形で社内でヒアリングしていると、「このままでいいのかな」という声が女性から挙がってくることがあります。そのような時は、キャリアのロールモデルとなる先輩と話してもらっています。先輩には、「今自分は鬱々としている」「ちょっと今は不満だ」というマイナスの要素も含めて話してもらうんですよ。
A. そうですね。私自身、子育ても仕事もやっていると、子育てをとるか仕事をとるかを判断せざるを得ない場面に日常的に直面しています。その都度、何を優先させるのかを自分で決めてバランスをとっていかないといけません。そういった判断をする際に、自分の中で適切な判断軸があれば判断しやすいと思っています。適切な軸を作るためには、良いも悪いも含めて偏りのない情報が必要で、だからこそ、苦労話やマイナス面も話してもらいますし、JICEがサポートできることをわかりやすい形で積極的に情報提供することを心がけています。
今後の課題はサポートする側が報われる環境づくり
Q. これまでの取り組みの効果はいかがでしょうか?
A. 制度を利用する人が爆発的に増えました。3年前に人事に来たときは、たまたまかもしれませんが、育休を取っている人が1人もいませんでした。今、育休を取っている人は6人います。また時間短縮や通勤緩和などの制度を利用している人は、人事に来た頃は2~3人でしたが、今は約20人です。昨年からは男性の育児休業の取得が増え、制度が浸透してきたなと実感しています。制度的には法律を大きく超えてはいないのですが、それをどうアピールするかが大事だったのかなと思いますね。
A. これから進めようと思っているのが、今は特別の配慮が必要ではないスタッフに報いるための制度構築です。産休・育休を取ったり介護で休みを取ったりするときは、やはり周りのサポートが必要不可欠ですよね。サポートする側が報われるような制度があれば、サポートされる側が申し訳ない気持ちばかりを抱えなくていいし、これからライフイベントを迎える人たちも安心できると思っています。キャリアを構築・継続しながらもライフプランをより充実させられる環境を作り続けていきたいですね。