トランジションとは?キャリア理論における意味・具体例・乗り越え方
トランジションとは、キャリアにおける転機・転換点を意味します。ビジネスでは昇進や異動などで役割が変化するシーンが典型例ですが、従業員のライフステージの変化でもトランジションが発生します。
本コラムでは、トランジションの意味や代表的な理論、具体例、乗り越え方をわかりやすく解説。トランジションに直面した従業員のサポートにお役立てください。
トランジションとは
「トランジション」という言葉の辞書的な意味は、「移行・変化・過渡期」などです。ただし、業界によって具体的な意味や使い方が異なります。今回は、ビジネス用語としての「トランジション」について解説します。
ビジネス用語としての「トランジション」の意味
ビジネス用語としてのトランジションの意味は、入社・退社や昇進・昇格、異動、転勤などによって役割に変化が生じることです。
アメリカの組織運営コンサルタントであるウィリアム・ブリッジズは、「新たなキャリアステージへの準備段階」と定義しました。
キャリアにおけるトランジションは、「キャリアトランジション」と呼ばれることもあります。
社員のキャリアトランジションに注目すべき理由
社員のキャリアトランジションに注目すべき理由は、人材の離職防止と定着、組織の生産性維持・向上です。
予測不能なVUCAの時代、企業は急激な変化に対応するため、課題解決を意識した人材の再配置をより積極的に行わなければなりません。すると、多くの社員がトランジションに直面することになります。
再配置の対象となった社員が新しい役割に適応するには、役割を果たすための知識・スキルを習得し、新しい価値観に対応する必要があるでしょう。トランジションに直面する本人にとっては、非常に苦しい期間です。会社が何もサポートを行わなければ、役割の変化を受け入れられず、離職してしまうかもしれません。
労働力人口の減少が続く日本では、「自社が求める人材を採用できない」という課題を抱える企業が増えています。さらに、人材の流動化で「終身雇用が当たり前」という前提も通用しなくなってきました。
こうした背景から、人材を確保しながら急激な変化に対応するには、キャリアトランジションに直面する社員を会社全体でサポートする仕組みが必要なのです。
トランジションの具体例と直面しやすい問題
キャリアトランジションの代表例は、管理職・リーダー職への昇進・昇格です。一方で、妊娠・出産・育児・介護といった社員自身のライフステージの変化によるトランジションも無視できません。スポーツ選手の場合は、それまで競技に打ち込んできた生活を終える「引退」が重要なトランジションの1つです。
管理職・リーダー職への抜擢
若手・中堅社員が管理職やリーダー職へ抜擢されるケースでは、社員として求められる役割に大きな変化が生じます。
具体的には、それまで自分の仕事だけを考えていればよかったものが、チーム全体の進捗管理、目標達成に向けた施策の実施とメンバーへの助言といったマネジメントと人材育成も考えなければならないことです。
チームのマネジメントに失敗すれば、チーム全体の労働生産性が低下し、組織目標を達成できない可能性が高まるでしょう。ひいては、管理職・リーダー職としての自信を失い、メンタルヘルスに支障を来してしまうかもしれません。
妊娠・出産・育児・介護などライフステージの変化
会社での異動、昇進・昇格がない場合でも、社員のライフステージの変化でトランジションが発生することがあります。
例えば妊娠・出産においては、女性の場合、体に大きな変化が生じるとともに、痛みや育児への不安を強く感じる人が少なくありません。男性の場合も、パートナーの変化によって従来とは異なる役割を家庭で担うようになります。
出産後の育児では、子どもに付きっきりの生活が中心となり、「親」としての重大な役割と責任を負わなければなりません。
介護では家族の食事・排泄・入浴・着替えなどの支援を担う中で、家族の健康と安全に対する責任が生じます。
いずれのトランジションも、役割を果たす際に未知の要素が多い一方で、その責任は家族の健康・命を左右するという重大なものです。会社側の支援や配慮がなければ、不本意な形での退職というキャリアの中断が発生します。「誰にも頼れない」「誰も手伝ってくれない」という状況が続く場合、心身の疲弊と強い孤独感を招いてしまうでしょう。
スポーツ選手の引退・転職
スポーツ選手も、キャリアトランジションに苦しむケースがあります。
スポーツ選手の現役時代は、全てを競技に捧げる生活だったといっても過言ではありません。世界的な大会でメダルを獲得するなど、選手であることが自身のアイデンティティになっている人ほど、「引退」の衝撃は大きく、強い喪失感を覚えるようです。
選手としての役割の終了は、引退後の生活への不安につながります。「今までスポーツしかやってこなかった自分に、一体何ができるのか」という気持ちが強くなるのです。
こうした危機を乗り越えてセカンドキャリアを踏み出すために、アスリート向けの自己分析を行うセミナーやトレーニングが行われています。
3つのトランジション理論
誰もが直面し得るトランジションですが、誰もがこの転機を順調に乗り越えられるとは限りません。転機を受け入れ、次のステージに進むにはどうすればよいか、様々な研究が行われてきました。
そうしたトランジション研究のうち、代表的なものが、ブリッジズのトランジション理論、ニコルソンのトランジション・サイクル・モデル、シュロスバーグのトランジション理論です。
ブリッジズのトランジション理論
冒頭で紹介したブリッジズによるトランジション理論では、トランジションのプロセスを3段階に分けて捉えます。その3段階とは、「終焉」「中立圏(ニュートラルゾーン)」「開始」です。
【ブリッジズのトランジション理論】
終焉 |
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中立圏 (ニュートラルゾーン) |
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開始 |
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トランジションは役割の「終焉」から始まるとする点が、ブリッジズの理論の特徴です。中立圏を終えるには長い期間が必要なため、本人がじっくり向き合えるように見守る必要があります。
ニコルソンのトランジション・サイクル・モデル
イギリスの心理学者、ナイジェル・ニコルソンによるキャリアトランジションの理論は、「トランジション・サイクル・モデル」と呼ばれます。トランジションを「準備」「遭遇」「順応」「安定化」という4段階に分け、それらを循環させながら上昇していくイメージをもつ点が特徴です。
【ニコルソンのトランジション・サイクル・モデル】
準備 |
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遭遇 |
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順応 |
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安定化 |
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トランジションを1回きりのイベントとして捉えるのではなく、その後のキャリアに続く連続したプロセスの一部として捉えることで、より前向きな取り組みが可能となります。周囲の支援では、トランジションに直面している本人がどの段階にあるかを見極めることが、具体的な施策のヒントになるでしょう。
シュロスバーグのトランジション理論
アメリカのカウンセラー教育の研究者であるナンシー・K・シュロスバーグのトランジション理論でも、ブリッジズのように3段階に分けて捉えます。
シュロスバーグの理論の特徴は、1段階目である「転機を見定める」段階を2つのタイプに分けたこと、2段階目である「リソースを点検する」で「4つのS」を提唱したことでしょう。
【シュロスバーグのトランジション理論の大枠】
転機を見定める |
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リソースを点検する |
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転機を受け止め、対処する |
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「転機を見定める」段階におけるイベント型/ノンイベント型は、次のように定義されています。
【イベント型/ノンイベント型の定義】
イベント型 |
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---|---|
ノンイベント型 |
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さらに、シュロスバーグの理論で最も重要な「4つのS」は、下表のようになっています。
【シュロスバーグの「4つのS」】
状況(Situation) |
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自己(Self) |
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支援(Support) |
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戦略(Strategy) |
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シュロスバーグの理論では、トランジションで注目すべき具体的な要素を確認できます。トランジションに直面する本人にとっても、上司や同僚にとっても、「今何が必要か」を知る大切な手がかりとなるでしょう。
トランジションの乗り越え方5ステップ
では、ご紹介した3つのトランジション理論を踏まえて、トランジションの乗り越え方を5ステップで見ていきましょう。
トランジションのタイプを分析する
トランジションが発生したら、まずは「どのようなトランジションが発生したのか」を分析しましょう。仕事関連でのトランジションなのか、私生活におけるトランジションなのかによって、その後利用できる制度が異なります。
また、仕事関連であれば、上司や人事担当者が、昇進・昇格、異動の理由、期待する役割などの適切な認識をサポートできるでしょう。
サポートに当たっては、アメリカの心理学者であるエドガー・H・シャインが提唱した「キャリアアンカー」「キャリアサバイバル」という観点も参考になります。
【キャリアアンカー、キャリアサバイバルとは】
キャリアアンカー |
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キャリアサバイバル |
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本人が自己イメージを明確に持ちつつ、周囲から期待される役割を認識することが、トランジションを主体的に乗り越えるポイントです。
トランジションから得られるメリットと生じ得るデメリットの分析、本人がどう感じているのかなどを確認することも、その後の行動計画の基盤として重要です。
使えるリソースを確認する
次に、新しい役割の受容に向けて活用できるリソースを確認しましょう。シュロスバーグの4S点検では「自己」「支援」にあたる部分です。
会社として実施したいサポートは、社員が利用できる制度を知らせ、上長や人事担当者との1on1ミーティングを設定したり、具体的な業務支援をしたりすることです。
具体的には、仕事関連であれば横のつながりを強化する交流会の開催、自己啓発支援制度や社内で蓄積しているノウハウへのアクセス方法の周知などがあります。家庭生活で生じたトランジションの場合は、各種の休暇制度・休職制度・手当、時短制度やテレワーク制度など、仕事とプライベートの両立に活用できる制度を伝えましょう。
メンタルヘルスへの配慮や保健スタッフとの面談機会なども、必要に応じて設けてください。
変化を受容し、適応に必要な知識・スキルなどを特定する
次のステップは、変化の受容です。ブリッジズであれば「開始」の段階、シュロスバーグであれば「リソースを点検する」段階における「戦略」の点検が該当するでしょう。
これまでのステップでもトランジションに直面した社員本人の自己分析を行ってきましたが、受容に向けたこの段階では、より定量的に知識・スキルの確認を行い、新しい役割に必要な能力の習得を行います。
会社として実施できる施策は、役割認識を促す研修やピアラーニングの機会の設定、スキルアップに活用できる学習リソースの提供です。これには、社内研修はもちろんのこと、ALL DIFFERENTが提供するビジネススキル診断ツール「Biz SCORE」、行動計画の作成を含む各種研修といった社外リソースの活用も効果的です。
ビジネススキル診断ツール<Biz SCORE>の詳細はこちら
必要な知識・スキルの習得や環境整備を行う
多角的な点検と新しい役割に向けた行動計画ができれば、いよいよ具体的なアクションへ進めます。
シュロスバーグの理論であれば3段階目の「転機を受け入れ、対処する」段階、ニコルソンのトランジション・サイクル・モデルであれば「順応」の段階にきたといえるでしょう。
この段階では、OJTやOff-JTを活用した計画的な支援と成功体験の積み重ねがポイントになります。仮に業務で何らかの失敗があっても、それを一方的に責めるのではなく、フィードバック面談などを利用して要因と建設的な対策を話し合いましょう。
過去の経験が妨げになっている場合は、学習棄却(アンラーニング)の実施も考慮すべきです。アンラーニングとは、過去のノウハウや成功体験からの学び、価値観を現在の状況に照らして取捨選択し、新しい状況や役割に応じたやり方に入れ替えていくことを指します。
安定化を目指して実践を継続し、振り返り・改善を行う
最後のステップは、ニコルソンのトランジション・サイクル・モデルでいえば「安定化」の段階です。恐怖心や空虚感が落ち着き、新しい役割にも慣れてきた段階であり、「トランジションを乗り越えた段階」といってもよいでしょう。
この段階になれば、あとは社員を信頼し、任せることが大切です。これまでのように業務手順に関する細かい指示は必要ありません。社員自身が目標達成向けて自己裁量で業務を進めることが、自信につながるからです。
定期的なフィードバック面談では、目標の達成度や成果、業務の進め方でよかった部分を承認しましょう。改善点がある場合は、よかった点の承認を行ったあとで、要因と対策、目標の再設定を検討する進め方が有効です。
社員のトランジションを成功させる3つのポイント
最後に、社員のトランジションを成功させる3つのポイントをご紹介します。
トランジションの必要性・メリットを伝える
1つめのポイントは、トランジションの必要性と社員にとってのメリットを伝えることです。
繰り返しになりますが、VUCAの時代、課題と能力に応じた適材適所が、組織全体の生産性向上とイノベーションにつながり、生き残りの鍵となります。急激な変化に対応するには、人材の再配置も必要でしょう。よって、社員はトランジションに直面しやすくなります。
トランジションは、本人が望む場合もあれば、そうでない場合もあります。しかし、「どう向き合うか」が本人のキャリア形成に大きく影響することは変わりません。新しい役割を認識し、必要な知識・スキルの獲得を「チャンス」と捉えて取り組めれば、会社にとってより必要な人材になり得ます。
こうしたトランジションの必要性・メリットは、人材の再配置の準備段階で広く発信していくことが大切です。同時に、
- ロールモデルとなる社員に経験を共有してもらう
- 経営層から期待することを直接話してもらう
など、具体的なエピソードや期待を伝えると、トランジションの先の姿をよりイメージしやすくなるでしょう。
職場環境・業務フローをアップデートする
トランジションが発生すると、従来のやり方ではうまくいかなくなる場合があります。
これには、個人の成功体験に依拠したやり方が新しい役割では通用しないという場合もあれば、組織変革・事業変革などで求められる成果やプロセス自体が変わってしまう場合もあるでしょう。
そのため、トランジションが発生したら、個人単位の業務フローだけでなく、組織単位の職場環境の調整、業務フローの改善も視野に入れなければなりません。
特にITの発展が目覚ましい昨今、過去の経験にこだわりすぎれば、状況をうまく理解・処理できない可能性が高くなります。新しいITツールの導入、リスキリング、業務フローの改善など、今の課題や価値観に応じたやり方ができるよう、アップデートしていきましょう。
研修やワークショップを開催してノウハウを伝える
トランジションを乗り越えるには、大きな視点での改善だけでなく、より具体的なノウハウの提供も欠かせません。社内や業界で蓄積してきたノウハウは、積極的に対象者に共有していきましょう。
共有する場は、日々のミーティングやマニュアル、社内ポータルサイト・社内報のコラムのほか、研修やワークショップなども考えられます。
例えば、次期リーダー職や管理職に昇進・昇格予定がある社員への研修では、次期管理職研修、管理職研修、キャリア研修がおすすめです。
【キャリアトランジションに対応した研修の例】
研修例 | 主な内容 | |
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次期管理職研修 |
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管理職研修 |
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キャリア研修 |
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女性のトランジションサポートプログラム |
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特に、妊娠・出産など女性社員が直面するトランジションは、まだ十分な理解がされているとはいえません。どのような課題があるのかを認識し、理解することが、適切な支援の第一歩となります。
ALL DIFFERENTでは、人材育成研究の第一人者である中原淳教授とともに、「女性の視点で見直す人材育成 トランジション サポート プログラム」を開発しました。多様化する女性のトランジションの理解、性別を問わず活躍できる職場作りに、ぜひお役立てください。