経営者・経営層の役割とは?成功する企業の人材育成と研修事例
企業経営と人材育成
貴社では人材育成をどのように位置づけているでしょうか。
企業とは、社会に貢献するための目的集団です。継続的に利益を上げ、その利益を製品サービスの開発・改良に再投資し、顧客・市場に付加価値を提供し続けること、これが企業の目的です。企業は学校ではありませんから人材育成自体が第一の目的となることはありません。さらに、人材育成は長期的な施策であり、短期的な成果が見えにくいという特徴があるため、その重要性を認識しつつも企業の中では実行の優先順位は下がりがちです。
しかし、人が成長しない企業は成長に限界が生じることも事実です。人材育成は中長期的に企業が発展するためのエンジンです。ハーバード・ビジネス・スクールのR.S.キャプラン教授は、バランス・スコア・カードの4つの視点の一つとして「成長と学習の視点」を上げ、企業経営における人材の位置づけを表現しています。こうした観点から、経営者・経営層は人材育成の重要性を継続的に訴えていく必要があります。
企業が目指す姿は経営者・経営層が設定するビジョンに投影されます。ビジョンは目標に展開され、目標を達成するための戦略が策定されます。その戦略に従って組織が組まれ、戦略は戦術に展開されます。戦略も戦術も人がつくり人が実行するため、人の成長はビジョン実現に不可欠です。この意味で人材育成とは企業の将来像に向けての絶え間ない先行投資とも言えます。
近年は、国内経済は成熟化し製品サービスそれ自体による明確な差別化が難しくなってきています。企業のコアコンピタンスや差別化要因を突き詰めて考えていくと、一人一人の社員の質に行きつきます。人材開発と企業経営の結びつきがこれほど強固に求められた時代はないでしょう。企業経営における人材育成は重みを増しています。
人材育成における経営者・経営層の役割
人材育成における経営者・経営層の役割とは何でしょうか、以下の4点が挙げられます。
- 求める人材像の明示
- 経営資源の提供
- 継続的な関心の明示
- 健全な危機意識と安全心理の醸成
1点目の人材像は経営戦略を踏まえたものであるべきです。例えば新しい製品サービスの開発を戦略の柱とするならば、市場・顧客にアンテナを張り既存の枠組みを外した発想を持つ社員が求められます。加えてイノベーションは既存知識の再結合であるため、社員が保有する知識や定期的なインプットの有無も問われることになるでしょう。逆にオペレーショナル・エクセレンスを目指す企業であれば、社員の実行力や継続的改善のための問題解決力が問われるかも知れません。
2点目の経営資源とは、人材育成を担う管理職やOJT担当者などの「人」、育成のための「時間」、必要な「資金」を配分することです。人材育成は時間を要し、かつ成果の可視化が難しいからこそ、経営者・経営層が強い意思を持って継続的な資源配分をし続ける必要があります。
3点目は、経営者・経営層の人材育成への関心が場当たり的にならないようにすることです。常に人の成長への関心を示すことが人材育成に対する風土を築く条件となります。
4点目の危機意識と安全心理は一見矛盾するように見えます。経営者・経営層は市場・競争の厳しさを社員に認識させ常に自己を高める意識を醸成すると共に、自己変革にじっくりと取り組める心理的な安心感を持ってもらうことも必要です。成人発達理論であるダイナミックスキル理論では、人はプレッシャーよりも安心感をもった方が学習が促進されるとされています*1。
ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授のマイケル・ビアらによれば、人材開発の成否を決定づけるのは職場環境であるとしています。具体的には、人材育成について上級幹部が支持していること、そして高い透明性があることが条件として挙げられています*2。逆に、育成機運に乏しい職場では、社員がいかに良質な研修を受講したとしても効果は期待できません。職場に戻ればマインドや行動がすぐに元に戻るからです。したがって、まずは経営者・経営層が人材育成についての重要性を深く理解し、育成に割く経営資源は費用ではなく長期的な投資であると認識し、社員が安心して学習内容を実践し自己変革する職場の土壌を作ることが必要です。その中には、学習内容を実践したものの失敗した社員を許容することも含まれます。
*1 加藤洋平著 成人発達理論による能力の成長 ダイナミックスキル理論の実践的活用法 2017年 日本能率協会マネジメントセンター
*2 Diamond Harvard Business Review, April 2017, M.Beer, M.Finnsorom, D.Schrader “Why Leadership Training Fails”
人材育成への経営者・経営層のかかわり方
トレーニングの効果測定に関する研究で著名なロバート・O・ブリンカーホフ博士は、人材育成において重要なこととして、人材育成と経営戦略との結びつきを挙げています。経営者・経営層は、自社の人材育成施策が経営戦略上どのような意味を持つか社員に説明することが求められます。その施策は誰を対象とし、どのようなマインド、知識、スキルの習得を目的としているか、そして業務上どのような結果を期待しているかを語る必要があります。この説明を総務人事部がおこなう場合も、経営者・経営層の代弁者である自覚をもって臨む必要があります。
では、具体的な研修において経営者・経営層がどのように関与すればいいのか、当社が実施した関連事例をご紹介します。
ある企業では、30代の中堅社員に高い視点と広い視野を持ってもらうことを課題としていました。同社は社員一人一人がスペシャリストの集団であり、自己の職務領域においては専門性の高い知識スキルを有しているものの、会社全体を見る視点や戦略的思考が欠けているという課題があったため、次世代のマネジメント層の早期育成というねらいもあって、選抜型の中堅社員研修を実施することになりました。
研修には10名が参加、5名ずつの2グループに分け、半年間で自社の今後の方向性を社長以下役員層に提案するというアクションラーニング形式がとられました。研修プログラムには以下のポイントを組み込みました。
- 初回研修時に社長自らが本研修の意義を自社の経営状況に絡めて説明。同時に受講者への期待を明示
- ゴールは自社の中長期的な経営の方向性を経営陣に提案すること。良い提案があれば来期の経営計画に反映することを約束
- 2グループのアドバイザー役として役員をつけ、各役員は各グループからの相談事項には優先して対応
- 取り組みに必要な社内データについて研修受講者にアクセス権を付与
- 月に1回行われる2時間のセッション(中間発表)にはアドバイザーの役員もオブザーバーとして同席
- 最終プレゼンテーションは役員会議室で本格的に実施
受講者は経営者・経営層の意図を汲み寸暇を惜しんで取り組みました。アドバイザーとなった役員も積極的に後進育成の時間を投じました。最終的なプレゼンテーションは、経営者が当初期待していた以上のものとなり、参加した中堅社員も高い視座と広い視野を獲得するに至りました。
経営者・経営層が既に積極的に関与している領域を活かす
上記はアクションラーニングをベースとした研修の例ですが、日常的に経営者・経営層自ら関与している人材育成施策があります。それは人事異動と人員配置です。ロンバルドとアイチンガーの研究によれば、人の成長要素として70%は仕事の直接経験あることが分かっています。また、リーダーシップ研究で著名なモーガン・マッコールによれば、事業部・職場自体が「スクール」であり、人事異動や配置は成長機会の宝庫である主旨を述べています*3。したがって、人事異動を職場の数合わせや業務運営の観点からだけではなく、人材育成という観点から熟考し、議論し、実行することが、経営者層による人材育成へ大きな関与であると考えられます。
人材育成を経営ビジョンや経営戦略の実現手段と考え、会社全体で人材育成の風土を創ること。
当社は企業の実態に即して中長期的な人材育成をサポートしています。当社の存在をうまくご活用いただければと思います。
*3 モーガン・マッコール著 ハイフライヤー次世代リーダーの育成法 2002年 プレジデント社