調査結果から明らかになった、若手・中堅社員を伸ばすカギである「経験ストック」とは、①社員に「背伸びの仕事経験」を意図的に積ませ、②振り返りを通じて、仕事のノウハウをストックさせることです。経験ストックのためには、上司の「任せ方2.0」が重要になります(右図参照)。
では「任せ方2.0」とはいかなるものでしょうか?ここでは「経験ストック」のための上司による「任せ方2.0」についてご紹介します。
「上司のマネジメント力」を平均値から上位群(うまい任せ方が十分できている上司)、下位群(十分できていない上司)の 2 群に分け独立変数とし、従属変数に「若手・中堅社員の能力向上」をおいて独立した t 検定を行った結果、有意差が見られた(*** = p<.01)。
調査結果から、部下をうまく動かしている上司は、部下に仕事を任せる際にきちんと目標咀嚼(そしゃく)を行っていることが分かりました。「目標咀嚼」は聞きなれない表現ですが、分かりやすく言い換えると「『なぜ、その仕事を行わなければならないか』を分かりやすく説明する」という行動です。一見すると簡単なことのようにも思えますが、ではこの目標咀嚼を怠った仕事の任せ方(任せ方1.0)のイメージとその結果を見ていきましょう。
上司:Aさん、ちょっといい?
部下A:はい、大丈夫です。
上司:実は、来月から、部門横断のコストダウンプロジェクトが始まるんだ。で、そこにAさんに参加してほしいんだ。
部下A:え!? 私が......ですか?
上司:そう。全ての部門から1人出すことになったから、うちからはAさんを推薦しといたよ。詳しいことは、総務部長からの連絡で分かると思うから。部門の代表として、バシッとよろしくね!
部下A:え......。あ、はい。......ちなみに、どんな内容なんですか?
上司:え? それは、また総務部長から聞いてよ。とにかく、部門の代表だから、しっかりよろしくね。
部下A:はい......分かりました。
上司:うん、じゃあよろしく。
読んでいてドキっとした人もいるかもしれません。出てくるのは、「Aさんならできる」「バシッとよろしく!」のような「気合」で、仕事の意義や目的、目標はまったく出てきません。このような任せ方をしてしまった場合、結果はどうなるでしょうか。部下は任された仕事の意義をまったく理解できないので、頑張って取り組んでも見当違いな結果に終わってしまうか、適当に仕事に取り組んでしまうことになります。結局、見かねた上司が仕事を巻き取り、上司は忙しいまま。部下は経験を通した貴重な成長の機会を逸するだけでなく、往々にして、自分の取り組みの何が足りなかったのかのフィードバックも得られずモチベーションも下がる。そして次の仕事も同様に......というスパイラルダウンを引き起こすことになります。
ではAさんの上司はどのように仕事を任せればよかったのでしょうか。先ほどの事例と同じ業務内容について、部下が自然と動くようになる「任せ方2.0」の様子を見てみましょう。
上司:Aさん、ちょっといい?
部下A:はい、大丈夫です。
上司:実は、来月から、部門横断のコストダウンプロジェクトが始まるんだ。で、そこにAさんに参加してほしいんだ。
部下A:え!? 私が......ですか?
上司:そう。全ての部門から1人出すことになったから、うちからはAさんを推薦しといたよ。詳しいことは、総務部長からの連絡で分かると思うけど、プロジェクトの目的だけは伝えておくね。
部下A:あ、はい。
上司:このプロジェクトは「コストを減らす」ことももちろんだけど、「仕事のやり方を見直す」ということが本当の目的なんだよね。最近、作業的に仕事をこなしている様子が見受けられるからね。実際、どこの部門でも初歩的なミスが連発しているし。
部下A:そうなんですね......。(メモを取る)
上司:そう。で、なんでAさんを推薦したかというと、うちの部門の業務についての理解を深める、いい機会だと思ったんだよね。仕事のやり方を見直すためには、個々の業務の目的やつながりなどを深く理解する必要があるからさ。Aさんは「業務を遂行する」というところは申し分ないから、次は「業務を改善する」「構築する」ってレベルに行ってほしいんだよね。
部下A:分かりました、ありがとうございます。
上司:ただ、そんなに簡単ではないよ。特に「人を動かす」という点には、本当に苦労すると思う。人間、今までのやり方を変えるのは嫌がるからね。
部下A:確かに......。そうですよね......。
上司:ただ、さっきも言ったように仕事のやり方を改善する大切な仕事だし、Aさんにとってもいい経験になると思うんだよね。...どうだろう、引き受けてくれる?
部下A:......分かりました。やってみます。
上司:ありがとう。じゃあ、総務部長から連絡が来ると思うけど、何か質問があったらいつでも来て。
部下A:はい、ありがとうございます。
このように、「任せ方1.0」の場合と比べ、部下の心境に2つの変化が現れます。1つ目は仕事の自分事化です。「目的は理解してもらい、やり方は任せる」という任せ方をされると、部下は当事者意識を持って仕事に取り組むことができます。当事者意識を持って行った仕事は、成功経験も失敗経験も、次につながる貴重な学びとなるのです。
2つ目は、成長機会の意識化です。「任せ方2.0」では最初に「本人がその仕事に取り組む意義」を伝えています。これがうまく伝わっていれば、部下は「自分はこの仕事を通して、こんな成長をしよう!」と明確に意識をして、仕事に取り組むことができます。結果、得られる学びが大きくなるのです。
このように、「任せ方2.0」は部下に経験学習の実践・習慣化を促します。そうすると上司と部下の間で、好循環が起こってきます。上司が「任せ方2.0」で仕事を任せると、部下が意義を理解した上で自然と動く。すると部下の仕事の質が高まり、上司が手直しやサポートをする手間が少なくなる。同時に、部下は仕事の経験から学び、能力が向上する。上司はまたその人に仕事を頼みたくなり、新しい仕事を任せる。そして部下はさらに成長する。つまり、「上司は仕事をうまく進めつつ、部下の成長も促進する」という理想的な状態になるのです。
「任せ方2.0」における上司と部下のやり取りは、以下の4つのステップに分解することができます。
まずは、任せる仕事の意義をきちんと伝えます。仕事の進め方や具体的なタスクなどではなく、最初に意義を伝える理由は「仕事の目的を理解してもらう」「部下の当事者意識を高める」という2点です。意義付けで伝えるべきは、「組織にとっての意義」と「部下個人にとっての意義」の2つです。「組織にとっての意義」とは、言い換えれば「その仕事が全社・組織という目線で、どのような位置付けか」という内容です。
つまずきワクチンとは、部下が任せられた仕事を進めていく中で起こるであろう「つまずき」を、事前に告知することを言います。目的は「部下の気持ちが折れるのを防ぐ」「取り返しのつかない失敗を防ぐ」という2つで、部下本人にとって少しチャレンジングな難易度の仕事を任せる際に、特に必要になります。意義付けをきちんと行うことで部下は「大役を任された!」「気合を入れて頑張ろう!」と前向きな気持ちになりますが、この前向きな気持ちは、仕事がチャレンジングであればあるほど「浮ついた」ものとなり、このまま仕事に突入してしまうと、思わぬつまずきがもとで一気に気持ちが折れてしまう危険性があります。そこで、任せる仕事の難所を伝えて、部下の前向きな気持ちを現実に引き戻しておく必要があるのです。
そして、再び意義付けを行います。つまずきワクチンが部下にきちんと伝わると、その分だけ部下は仕事の難しい面、マイナスな面ばかりを気にするようになってしまいます。そこで、もう一度前述の意義を伝え直し、視点を再度上げる必要があります。端的に表すと「難しい仕事ではあるが、それだけやりがいもあるんだよ」と伝えるイメージです。
これらの情報を伝えた上で、自己決定を促します。必要なのは、部下が「自分でやると決めた」と感じることです。「自らやると決めた仕事」と「やらされた仕事」では、部下の取り組みに大きな違いが現れます。「自らやると決めた仕事」であれば、目的を達成するための創意工夫を行い、トラブルに見舞われても最後まで諦めずに考え抜くようになるのです。上司が無理やりYesを促すような接し方をするのではなく、あくまで部下自身が決めたように演出する上司の腕が問われます。
STEP.1
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STEP.2
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STEP.3
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STEP.4
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Action | 意義づけ | つまずき ワクチン |
意義づけ | 自己決定 | |
目的 | 意義の打ち込み 組織にとっての意義 個人にとっての意義 |
困難ポイントの予測 | 意義の打ち込み | コミット度向上 | |
具体例 | 「『仕事のやり方を見直す』ということが本当の目的」「うちの部門の業務についての理解を深める、いい機会になると思う」 | 「特に『人を動かす』という点には、本当に苦労すると思う」 | 「仕事のやり方を改善する大切な仕事だし、 ○○さんにとっていい経験になると思う」 | 「引き受けてくれる?」 | |
部下の心境 |
なるほど・・今回の仕事にはそんな意味があるのか。自分のことを考えて、この仕事をまかせてるんだ・・。 |
なるほど・・今回の仕事にはそんな意味があるのか。自分のことを考えて、この仕事をまかせてるんだ・・。 |
大変そうな仕事だけど、大切な仕事だって言ってたしな・・いい経験か・・。 |
よし、わかった。 |
以上が「任せ方2.0」のステップです。意義付けで「アゲ」てつまずきワクチンで一度「サゲ」、そのあともう一度「アゲ」て最後に「キメ」させる、「アゲ・サゲ・アゲ・キメ」が「任せ方2.0」です。皆さまもぜひ取り入れてみてください!